組織・人事面を中心にクロスボーダーM&Aの支援を行ってきたマーサージャパン グローバルM&Aコンサルティング部門プリンシパル、佐々木玲子氏が語る、日本企業が目指すM&Aの新たなステージとは何か。連載第三回は、事業や組織の強化・再編という課題と取り組みについて話を伺った。

日ごろのガバナンスを含めた、当たり前のことの積み重ねがM&A成功のカギ

――M&Aの売り手側に立った企業は、人事面ではどんな取り組みが求められるのでしょうか。

事業会社の場合、ファンドのように売却価格だけで判断して売却するわけにはいきません。売却対象事業の従業員、それ以外の事業の従業員、組合・ワークスカウンシル等、目配りすべきステークホルダーは多岐にわたり、ステークホルダーとの中長期的関係性を考慮する必要があります。

そのため、売却に際しては海外の売り手企業は、専門の人事アドバイザーのサポートを得て、ディールが始まる以前から入念な準備を行うことが一般的です。

人事的に必要な準備の例を挙げると、まず各国の売却対象となる事業の従業員や、他部署と共通の間接機能のうち、売却に伴って移管が必要な従業員の確認があります。その上で、適用されるストラクチャーを踏まえて、各国の法的な要件から、どのような転籍・移籍のプロセスとなるのか、雇用条件の維持・変更における要件、対象者や組合・ワークスカウンシル等とのコミュニケーション上の要件も理解しなくてはなりません。

年金をはじめとする福利厚生にも注意が必要です。日本でいうところの健康保険組合や厚生年金基金のような複数企業の従業員向けプランに加入している場合、脱退するには、これまでの積み立て不足分の補填を求められることがあります。

ディールの前に準備する時間を持てる売り手側は、年金・福利厚生制度をどう処理すれば、自社および転籍する従業員の利益につながるかを検討しておくべきです。

――転籍となる従業員にとっては、転籍条件は重大な関心事です。

売却される事業部門に関連する従業員は、新しい事業体に移る人と、元の会社に残る人に分かれます。売却計画の検討はオープンに進められるものではないので、それぞれの従業員、組合に対して、情報をどのタイミングで、どんな形で伝えるのか、といったコミュニケーションの取り方も大切です。

特に転籍条件については、買い手との交渉で、妥当かつ合理的なものにする必要があります。処遇に対する従業員の期待の程度を把握し、一定期間は報酬水準を維持するといった売り手として譲れない条件を、ディール前にあらかじめまとめておけば、交渉時にポジションが取りやすくなります。