自動車工場を舞台にニッポンを風刺 映画『ガン・ホー』

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80年代後半のハリウッド映画には、経済や金融を背景にした作品が多い。『ウォール街』(87年)『摩天楼はバラ色に』(87年)『ワーキング・ガール』(88年)等々。当時のアメリカといえば、長い不況を抜け出し、レバレッジド・バイアウト(LBO)によるM&A旋風が巻き起こっていた。その世相を反映するかのように、狂騒的なドラマやコメディが数多く製作されたように思える。

今回取り上げる映画『ガン・ホー』(86年)も、そんな同時代性を感じるコメディだ。

80年代の日米貿易摩擦は紛れもない「戦争」であった

タイトルの「ガン・ホー」(Gung-Ho)とは、アメリカ海兵隊が使っていた掛け声であり、「ともに働け!」という意味の中国語に由来している。ここは皆で一致団結して、自動車づくりに励もうという訳だ。

本作を観ると、私たちは80年代の日米貿易摩擦が、紛れもない「戦争」であったという事実を思い知らされる。たしかに、それは互いの経済的覇権を賭けた戦いだった。だが、当時バブルを謳歌していた日本は、果たして勃発していたアメリカとの戦争に気づいていたのだろうか。

たとえば、80年代を総括し、通貨競争における日本の敗北を論じたベストセラー『マネー敗戦』(吉川元忠)の刊行は1998年。『ガン・ホー』の公開より10年あまりが過ぎてからのことである。

こう言ってよければ、日本はアメリカに技術力で肉薄しながらも、政治力で負けたのである。ひょっとすると、私たちは「ガン・ホー」という言葉に込められたアメリカの底力を、大きく見誤っていたのかもしれない。

ペンシルべニアに進出した日本の自動車メーカー

物語のあらましはこうだ。ペンシルべニア州のとある田舎町で、雇用の大半を創出していた自動車工場が不況の憂き目に遭ってしまう。存亡の機に陥った町を救うため、かつて工場で働いていたハント(マイケル・キートン)という男が立ち上がった。彼は遠路はるばる日本に渡り、自動車メーカー「アッサン自動車」の重役に直談判。自身の愛する町に工場を誘致しようと目論むのである。

ハントの熱意は伝わり、しばらくしてアッサン自動車のビジネスジェットが彼の町に降り立った。住人たちの温かい歓迎を受けつつ、日本人社員たちが律義に靴を脱ぎ、レッドカーペットを歩いてくる。そのなかの一人である黒ぶち眼鏡の冴えない男、カズヒロ(ゲディ・ワタナベ)を新たな工場長として、ふたたび自動車の生産ラインを動かす計画だった。

こうして、多くの住人たちが工場に雇われ、町は徐々に活況を取り戻していく。功労者のハントは工場の現場監督に抜擢され、日本人とアメリカ人の橋渡し役になるのだった。

バブル期の日本を風刺

ところが、このアッサン自動車、思わずツッコミたくなるほど軍隊気質の会社だったのである。ただ単に勤勉という訳ではない。落ちこぼれの管理職はスパルタ研修を受けさせられるようで、「セールス向上」だの「協調」だのと書かれたリボンを体に張り付け、地獄の行軍をさせられる。先述の工場長カズヒロも口に泡を溜めながら、「俺は今度こそやれるぞ!」と上司に向かって抱負を叫ぶのだ。

ちなみに、よく見るとアッサン自動車の「アッサン」は、漢字で「圧惨」と表記されている。なんとも風刺的だ。ハリウッドの現代版ジャポニズムも、ここまで突き抜けると逆にすがすがしい。当然、本作はフィクションであり、登場する団体はすべて架空のものである。

とはいえ、こうした風刺はあながち的外れではない。バブル期の日本では、劇中とそっくりのスパルタ研修が実際に行われており、その奇妙なブートキャンプの様子が世界で紹介されていた。

また、80年代前半には、日産自動車がテネシー州スマーナに北米工場を建設している。こうした事実が本作の着想を与えたことは、ほぼ間違いないといえるだろう。

板挟みになる田舎町のヒーロー

このアッサン自動車による管理教育が、アメリカ人労働者に受け入れられるはずもなかった。頭ごなしにルールを押し付ける経営陣に対し、すぐに労働者たちの反感が高まってしまう。

いたたまれないのがハントだ。日本人とアメリカ人のあいだで板挟みになった彼は、ひょんなことから皆に嘘の生産ノルマを伝えてしまう。そのノルマを達成すれば、経営陣は昇給を約束している、と言ってしまったのだ。

大きな秘密を抱えたことで、ハントはますます孤立を深めてしまう。しかし、ただ一人、工場長のカズヒロだけは彼の心情を理解していた。カズヒロも板挟みの中間管理職として、ハントと同様に苦労する身だったのである。

ときに酒を飲み交わし、ときに拳を交え、ハントとカズヒロは強い絆で結ばれていく。アメリカと日本、部下と上司の対立を乗り越え、2人はアッサン自動車の経営陣を見返そうと、前代未聞の生産数を達成しようと奮闘する。

ロン・ハワード監督の手腕が光る

監督はロン・ハワード。手に汗握るサスペンスから人情味あふれるドラマまで、どんなジャンルも器用にこなす人物である。近作の『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』(18年)も、ファンの期待に応える出来だった。優れた職人芸を持ち、人生の機微とユーモアに触れる作風は、名匠ビリー・ワイルダーに通じるものがある。

主演のマイケル・キートンは、当時まだキャリアの初期だった。『バットマン』(89年)で世界的名声を得るのは数年後のことだが、その下地はすでに作られていたと言えるだろう。本作で演じるのは小さな町の人気者。アメコミヒーローでこそないものの、人々の期待をひとり背負って立ち、経済大国アメリカの底力を見せる。

<作品データ>
ガン・ホー(GUNG HO)
監督:ロナルド ハワード
主演:マイケル キートン、ゲディ ワタナベ、グージ ウェント
1986年/アメリカ/1時間52分

ガン・ホー


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