ビーチ・ボーイズの元リーダーが語る音楽と人生『ブライアン・ウィルソン/約束の旅路』

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Ⓒ2021TEXAS PET SOUNDS PRODUCTIONS, LLC

『ブライアン・ウィルソン/約束の旅路』

1960年代に数々のヒット曲を生んだ米国のロックバンド、ビーチ・ボーイズのリーダーだったブライアン・ウィルソンのドキュメンタリー映画が8月12日から公開される。本作は80歳を目前にしてなお創作活動を続けるブライアンへのロングインタビューを柱に、ビーチ・ボーイズの過去映像やブライアンを敬愛する音楽関係者の証言などを織り交ぜる。

往年の洋楽ファンにとって見どころ満載というだけでなく、ブライアンが不安定な要素を抱えながらも数々の困難を乗り越えて前に進む様は、幅広い層に訴えるヒューマンストーリーとなっている。

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<作品概要>

『サーフィン・U.S.A.』『グッド・バイブレーション』『アイ・ゲット・アラウンド』などコーラスを多用して米国西海岸の明るいイメージを想起させる楽曲群を世に送り出したビーチ・ボーイズ。その中心にいたのが、作曲とプロデュースを手掛けたブライアン・ウィルソンだった。

二十歳そこそこでバンドをトップグループに押し上げたブライアンだったが、輝かしい成功とは裏腹に孤独と不安に苛まれるようになっていく。

プレッシャーから陥った薬物依存、バンドメンバーとの確執、精神科医による洗脳まがいの治療…。追い打ちをかけるように、バンドの創設メンバーである弟デニスが亡くなる。失意の中、それでもブライアンには音楽があり、そして家族の支えがあった。

バンドの成功の第1幕、精神疾患を抱えて過ごした暗黒の日々の第2幕を経て、人生の第3幕を歩むブライアンに、ゆかりの地を車で巡るという風変わりなロングインタビューが持ち掛けられた。

3年間で70時間にも及ぶインタビュー映像、貴重なアーカイブ映像や未公開のデモ音源、著名アーティストや音楽関係者による証言インタビューなどを、9カ月をかけて再構成した本作。

波乱万丈な人生を送り、生きる喜びをシンプルに表現し続けたブライアンの軌跡をたどる旅路の果てに見えた彼の素顔とは? 秘められた想いが今、ブライアン自身の言葉によって紡がれる。

音楽を聴きながら…ドライブ中にインタビュー収録

大のインタビュー嫌いで知られるブライアンに、どう話を聴くか。インタビュアーに選ばれたのは、ブライアンの古くからの友人で元「ローリング・ストーン」誌の編集者のジェイソン・ファインだった。

インタビューの場所がふるっている。車の中なのだ。ファインが運転する車の助手席にブライアンが座り、車内は二人きり。打ち解けた雰囲気の中で交わされる会話を、数台の固定カメラで収録していった。「取材の緊張を和らげるために、音楽を聴きながらドライブに行くことにしたんだ」とジェイソンは打ち明ける。

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車は西海岸のブライアンの思い出の地を走る。幼少期を過ごした家、デビューアルバムのジャケット写真を撮影した海岸、最初の妻と暮らした家…。1998年に死去した弟カールの家の前まで行ったときは、車を降りて家族に会いに行くことができなかったそうだ。苦しそうなブライアンの表情に、早逝した弟への複雑な心情が垣間見えた。

インタビュー映像の合間に、ビーチ・ボーイズのレコーディング風景など数々のアーカイブ映像が挿入される。スタジオの中でブライアンが先頭に立って斬新な音作りに挑戦する姿が映し出される。往年のファンには垂涎ものの、まさにお宝映像だろう。

アーティストやプロデューサーが信奉するブライアンの音楽

有名アーティストや音楽プロデューサーらがブライアンの人柄や音楽を語るインタビュー映像もまた、本作の大きな見どころだ。たとえばこんなコメントだ。

●ブルース・スプリングスティーン(ロック・ミュージシャン)
「音楽の技術と感性の面で彼を超える人はまだいないと思う」

●エルトン・ジョン(ロック・ミュージシャン)
「並みのバンドにはないセンスがあった」

●ドン・ウォズ(プロデューサー、音楽家)
「彼の音楽は最高に斬新なだけでなく、感情に訴えかける力もあった」「史上最高のアーティストの一人だね。永遠にね」

●リンダ・ペリー(プロデューサー、作詞家)
「当時(のビーチ・ボーイズ)はアップテンポの曲が多かったけれど、ブライアンの音楽はどこか哀愁を感じさせる。心の中に闇を抱えていて、何かから逃げようとしているのが伝わる」

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西海岸のイメージは弟の発案

「車」「サーフィン」「女の子」といった言葉で西海岸の明るいイメージを打ち出したのは、弟のデニスの発案だったという。実際、本作のインタビューでブライアンは「女性の扱いは苦手だった」「サーフィンは一度もしたことがない」と語っている。

リンダ・ペリーの指摘どおり、『グッド・バイブレーション』の出だしのコーラスをはじめビーチ・ボーイズの曲は時折、内省的な陰影を感じさせる。それがブライアン自身の内面の葛藤のあらわれなのだということを本作は数々の映像や証言で教えてくれる。

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映画の最後には、こんな字幕が映し出される。

「現在ブライアンは精神疾患と闘いながらも、ツアーや創作活動を続けている」

1942年生まれのブライアンは、今年で80歳を迎えた。音楽を続けることで幾多の困難を乗り越え、再婚した妻と養子に迎えた子どもたちに支えられて今を生きている。

「絶望と孤独」を知ったからこそたどり着いた「希望と喜び」というのだろうか。本作は優れた音楽ドキュメンタリーであると同時に、辛苦を味わった人間の再生の物語でもある。

文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

『ブライアン・ウィルソン/約束の旅路』
監督:ブレント・ウィルソン
出演:ブライアン・ウィルソン、ジェイソン・ファイン、ブルース・スプリングスティーン、エルトン・ジョン、ニック・ジョナス、リンダ・ペリー、ドン・ウォズ、ジェイコブ・ディラン、テイラー・ホーキンス、グスターボ・ドゥダメル、アル・ジャーディン、ジム・ジェームス、ボブ・ゴーディオ
2021年/アメリカ/英語/93分/原題:Brian Wilson: Long Promised Road/字幕監修:萩原健太
配給:パルコ ユニバーサル映画
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公式サイト:https://www.universalpictures.jp/micro/brian-wilson
8月12日(金)からTOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイントほかにて全国公開

ブライアン・ウィルソン/約束の旅路
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