父ピーター・タウンゼンドの足跡を追って『長崎の郵便配達』

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©︎坂本肖美

始まりは、1冊の本。父の想いを娘が受け継ぐ、平和へのメッセージ

忘れられない街がある。

近世より世界に開かれた港湾都市、長崎。福岡出身の筆者は10代後半の一時期、長崎市内で生活していた。長崎は、やさしく、切なく、物語を感じる街だ。坂道や階段だらけの賑やかな街並み。異国情緒あふれる洋館や教会。タイムスリップしたような路地や石畳み。人懐っこくて朗らかで、親しみやすい人たち。

かつての恋人に再会するような気持ちで、映画『長崎の郵便配達』(8月5日全国公開)を鑑賞した。愛おしい街は、久しぶりに帰ってきた筆者をやさしく迎えてくれた。

©️The Postman from Nagasaki Film Partners

<あらすじ>

始まりは1冊の本だった。著者は、戦時中にイギリス空軍大佐として英雄になった、ピーター・タウンゼンド。戦後、彼は退官してイギリス王室に仕え、マーガレット王女と恋に落ちる。けれども周囲から猛反対され、破局。世紀の悲恋は世界中で話題となり、映画『ローマの休日』のモチーフになったといわれている。

その後、世界中を旅して回り、ジャーナリストとなったピーターが日本の長崎で出会ったのが、谷口稜曄(スミテル)さんだった。長崎に原子爆弾が投下された1945年8月9日。当時16歳だったスミテルさんは、郵便配達の仕事中、爆心地から約1.8㎞の路上で被爆し、自転車ごと叩きつけられた。

背中一面に大やけどを負い、1年9か月は身動きもできず、病院のベッドでうつぶせのまま。退院できたのは、被爆から3年7か月後。大人になったスミテルさんは、生涯をかけて核兵器廃絶を世界に訴え続けた。そのスミテルさんをピーターは何度も取材し、1984年にノンフィクション小説『THE POSTMAN OF NAGASAKI』(日本語版は『ナガサキの郵便配達』)を出版する。

本作は、ピーターの娘であり女優のイザベル・タウンゼンドが、父親の著書とカセットテープの録音を頼りに長崎を訪れ、その足跡を一つ一つたどりながら、父とスミテルさんの想いをひも解いていくドキュメンタリー映画だ。

©︎坂本肖美

なぜ、父はスミテルの体験を綴ろうとしたのか

2018年8月、イザベルは初めて長崎を訪れ、平和公園や爆心地公園、原爆資料館などに足を運び、平和祈念式典にも出席した。多くの被爆者や二世の話にじっくりと耳を傾け、「原爆によって、たくさんの愛が一瞬にして消えてしまった。どうしてこんなことをするの?……これから、どんな世界を子どもたちに残したらよいのでしょう」と、肩を震わせ、言いようのない戸惑いと憤りを露わにする。

ここから、「なぜ、父はスミテルの体験を綴ろうとしたのか」という問いを解くための旅が始まった。

本作には、核廃絶や平和へのメッセージがこめられているが、それ以上に、多くのテーマが描かれている。

長崎の街でイザベルが出会う、人と人との心の交流。悲しみや痛みを知り尽くした人たちが見せる、やさしさや強さ。娘にも見せていなかった、父の強い執念や意志。そして、長崎という街の魅力と美しさ。映画のなかで、場面ごとの細かな詳細や説明は、あまり語られない。だからこそ、ゆっくりと時間が流れ、映画を観る人それぞれが、自分の日常や人生に重ね、思いを馳せることができる。

イザベルの目に映る長崎の景色

川瀬美香監督は本作で、イザベルの自然体な表情や姿を撮影することにこだわったという。スミテルさんが暮らしていた自宅近くの烏岩神社でのロケでは、200段もの石段を、スミテル少年の気持ちに寄り添いながら一つ一つ上っていく、イザベルの表情に惹きつけられる。

©︎坂本肖美

また、2017年に亡くなったスミテルさんを弔う「精霊流し」で、イザベルが祈りをこめて「精霊船」にそっと手を添える姿や、かつてピーターの通訳をした人物から、当時の父の言葉を聞き、こらえきれず涙を浮かべる場面も印象的だ。イザベルの目線を通して映る長崎の景色は、あふれんばかりの愛に満ちている。

私たちが未来に「配達」すべきメッセージとは

父とスミテルの意思を受け継ぐため、過去のピースを一つずつひも解くうちに、「生きるとは」「自分が伝えるべきメッセージとは」と、未来への地図を描いていくイザベル。「平和を考えること」は、「未来を歩むこと」につながっていく。

©︎坂本肖美

筆者の周りでは、8月6日や9日に日本で何が起きたのか、よく知らない世代も増えている。どんな言葉でもいい。二度と悲劇を繰り返さないために、平和への想いを、家族や友人、仲間に配達することが、未来への物語を紡ぐ、大切な一歩になるだろう。

文:小川こころ(文筆家/文章スタジオ東京青猫ワークス代表)

『長崎の郵便配達』
監督・撮影:川瀬美香 構成・編集:大重裕二 音楽:明星/Akeboshi
エグゼクティブ・プロデューサー:柄澤哲夫 プロデューサー:イザベル・タウンゼンド、高田明男、坂本光正 プロダクション・アシスタント:坂本肖美
企画制作:ART TRUE FILM 製作:長崎の郵便配達製作パートナーズ
出演:イザベル・タウンゼンド、谷口稜曄、ピーター・タウンゼンド
longride.jp/nagasaki-postman
2021年/日本/日本語・英語・仏語/97分/4K/カラー/2.0ch/日本語字幕:小川政弘 フランス語翻訳:松本卓也
配給:ロングライド  ©️The Postman from Nagasaki Film Partners
8月5日(金)シネスイッチ銀座ほか全国公開

長崎の郵便配達
©️The Postman from Nagasaki Film Partners

小川こころ (おがわ・こころ)

小川こころ(文筆家/文章スタジオ東京青猫ワークス代表)

「書く、読む、飲む」が何より好きな、もの書き屋。福岡県生まれ。

2021年に『ゼロから始める文章教室 読み手に伝わる、気持ちを動かす!』(ナツメ社)を出版。

大学卒業後、楽器メーカー勤務を経て、全国紙の教育部門に所属する新聞記者として、小学生新聞に携わる。”エンタメ担当“を公言し、映画や演劇、音楽、アートにまつわる取材やインタビュー記事の執筆に奔走する。その後広告会社にてコピーライター職を経験し、独立。「文章スタジオ東京青猫ワークス」を設立し、文筆活動や講師活動に力を注ぐ。

「ストアカ/まなびのマーケット」(ストリートアカデミー)の2019年度~2021年度アワードでは、ビジネススキル部門で3年連続「優秀講座賞」受賞。累計受講生数は3700人を超える。企業におけるライティングセミナー実績も多数。


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