高級レストランの舞台裏をノンストップで描く『ボイリング・ポイント/沸騰』

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© MMXX Ascendant Films Limited

高級レストランの舞台裏を描く『ボイリング・ポイント/沸騰』

ロンドンでも指折りの人気を誇る高級レストランは予約客で賑わい、厨房は怒号が飛び交うほど忙しい。『ボイリング・ポイント/沸騰』はフィリップ・バランティーニ監督がシェフとして12年間働いた経験を活かして、人気店ならではの緊迫した様子を90分ノンストップで映し出した意欲作。

主演はバランティーニ監督と20年来の親友であるスティーヴン・グレアム。次々と起こるトラブルに疲弊していくオーナーシェフ、アンディを気迫に哀愁を滲ませて演じ、英国アカデミー映画賞(2022)で主演男優賞にノミネートされた。さらに、英国インディペンデント映画賞(2021)では最多11 部門ノミネートされ、4 部門(助演女優賞、ベストキャスティング賞、撮影賞、録音賞)の受賞を果たした。

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<あらすじ>

一年で最も賑わうクリスマス前の金曜日のロンドン。人気高級レストランのオーナーシェフ、アンディ(スティーヴン・グレアム)は妻子と別居し疲れきっていた。運悪く衛生管理検査があり評価を下げられ、次々とトラブルに見舞われるアンディ。気を取り直して開店するが、予約過多でスタッフたちは一触即発状態。そんな中、アンディのライバルシェフであるアリステア(ジェイソン・フレミング)が有名なグルメ評論家サラ(ルルド・フェイバース)を連れてサプライズ来店する。さらに、脅迫まがいの取引を持ちかけてきた。

もはや心身の限界点を超えつつあるアンディは、この波乱に満ちた一日を切り抜けられるのか。

撮り直しできない 90分ワンカット映像

これまでも『1917 命をかけた伝令』(2020)など長回しによって撮影された映像をワンカットに見えるように繋げた全編ワンカット風の作品はあったが、本作は正真正銘、90分ワンカットだ。バランティーニ監督が2018年にシェフを主人公にした短編作品を撮った際に、撮影監督が観客に緊張感を伝えるためにワンカットで撮影することを提案。その短編が国内の映画祭で評価され、長編化されたのである。

まずは舞台となる店を決め、その間取りに合わせて脚本を執筆。バランティーニ監督と脚本家が登場人物になり切って、店内を走り回り、それをカメラがどう追うかを決めた。その結果、俳優たちの立ち位置の変更など、脚本を修正したという。カメラが走るようにキャストを追い、スリリングな展開を最後までスムーズに映し出すことに成功した。

© MMXX Ascendant Films Limited

主人公のアンディは短編と同じくスティーヴン・グレアムが演じ、ほかのキャストも即興が得意な俳優が集められた。主人公の元同僚で、セレブシェフのアリステア・スカイを演じたジェイソン・フレミングが「普通だとNGが出たら撮り直すだけ。でも本作は自分の出番以前のシーンも台無しになる。そんな緊張感が俳優から良い演技を引き出した」と語るとおり、その緊張感が臨場感となってスクリーンから伝わってくる。まるで観客もレストランのスタッフの一員になったかのようだ。

飲食業界の過酷さを映し出す

本作はレストラン業界の過酷さも映し出す。アンディはオーナーシェフではあるが、支配人ベスの父親が共同経営者となっている。ベスが厨房の負担を考えずに予約を詰め込んでも文句が言えない。

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副料理長で、アンディの片腕以上の働きをするカーリーから報酬アップを求められても、自分の一存では決められない。仕入れの発注や新人スタッフの教育、店の管理事務仕事までこなさなくてはならず、その上、スタッフの働きぶりにも目を光らせるようカーリーから突き上げられる。自分が作りたい料理を作るために自分の店を出したであろうに、料理に専念することができないのは本人的には本末転倒だろう。

衛生監視官の抜き打ち検査で店の安全評価が下がり、高級食材を処分させられ、しかも食材の未発注が発覚するなどトラブル続きのところに、レストランの出資者であるアリステア・スカイが出資金20万ポンドの返却を求めてきた。アンディの心労はいかばかりか。酒が手放せず、頭の中が沸騰直前のアンディはとうとう致命的なミスを犯してしまう。観客は料理と経営の両立の難しさも90分に体感することとなる。

大変なのは主人公だけではない。若い黒人女性のフロア係は白人客の人種差別的な言動に傷つくが、文句は言えない。フランス人の新人シェフは忙しさで早口になるアンディの英語が聞き取れずに戸惑う。支配人のベスでさえ、スタッフに理解されていないことに激しく落ち込む。

一見、華やかな人気高級レストランが抱える問題はこの店だけのものではなく、多くの飲食店が抱える問題であろう。アンディが今後、どうするのか。ワンカットで作品に没入した観客にはアンディのことが他人事には思えなくなってくる…。

文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

<作品データ>
『ボイリング・ポイント/沸騰』
製作・監督・脚本:フィリップ・バランティーニ
出演:スティーヴン・グレアム、ヴィネット・ロビンソン、レイ・パンサキ、ジェイソン・フレミング、タズ・スカイラー
原題:BOILING POINT/ 2021/イギリス/英語/95分/PG12
配給:セテラ・インターナショナル
© MMXX Ascendant Films Limited
公式サイト:http://www.cetera.co.jp/boilingpoint/
7月15日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開

堀木 三紀 (ほりき・みき)

映画ライター/日本映画ペンクラブ会員

映画の楽しみ方はひとそれぞれ。ハートフルな作品で疲れた心を癒したい人がいれば、勧善懲悪モノでスカッと爽やかな気持ちになりたい人もいる。その人にあった作品を届けたい。日々、試写室に通い、ジャンルを問わず2~3本鑑賞している。(2015年は417本、2016年は429本、2017年は504本、2018年は542本の映画作品を鑑賞)


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