もう一つはコロナ禍で創設が検討された、首相が国会の承認を得ずに私権の制限などの強力な権限を持てるようにする「緊急事態条項」だ。しかし、実際にコロナ対策の「緊急事態宣言」で政府がこれまでになく強い「要請」で飲食店などでの営業休止や時間短縮を断行したものの、経済界や商店主からの強い批判や反発を受けた上に補償金などのコストが積み上がった。
政府も当初こそ緊急事態宣言で主導権を取ったが、回数を重ねるごとに地方自治体のイニシアティブや国民の自粛に重点を置くようになる。4回目となる2021年7月からの緊急事態宣言では、政府と都道府県との間で「主導権の押し付け合い」が目立った。
コロナ禍初期は「憲法に緊急事態条項がないから、海外のようなロックダウン(都市封鎖)ができなかった」との指摘も多かった。だが、実際にロックダウンを断行した国の多くで日本以上に多くの感染者や病死者を出しており、「ロックダウンのために緊急事態条項が必要」との主張は説得力を失っている。
岸田首相は先の衆院選で自民単独での「絶対安定多数」を守ったことで、憲法改正を強く求める党内右派の突き上げや保守的な世論を気にする必要がなくなった。そもそも維新と国民民主の「改憲推進」には、公明党に代わって与党へ食い込みたい政治的な思惑が垣間見える。
だが、発議に3分の2以上の議席が必要な憲法改正を目指さないのであれば、保守政党とはいえ野党を巻き込んでまで絶対安定多数を超える議席は必要ない。むしろ維新や国民民主を取り込むことは、公明との関係や保守派で最大派閥の清和政策研究会(安倍晋三派)との力関係での不安定要素になりうる。
「面倒なイザコザに巻き込まれたくない」のが首相の本音だろう。何より維新は安倍元首相や菅義偉前首相との関係が深く、衆院選で岸田首相が掲げた政策を強く批判するなど政権との確執もある。首相の「塩対応」も当然なのだ。
文:M&A Online編集部