維新・民主が前のめりの憲法改正に岸田首相が「塩対応」の理由

alt

自民党の「党是」である憲法改正に、野党の「援軍」が登場した。11月9日に日本維新の会の馬場伸幸幹事長と国民民主党の榛葉賀津也幹事長が国会内で会談し、改憲に向けて衆参両院の憲法審査会を毎週開催するよう与党に求めることを決めた。しかし、これを受けた岸田文雄首相の反応は今ひとつだ。

首相、保守野党の「改憲運動」に釘を刺す

両党の改憲支援を受けたにもかかわらず、岸田首相は10日の記者会見で「政党の枠組みでどうこうではなく、結果を得るためにどうするべきなのか検討し、努力していきたい」とそっけない。それどころか「国会の議論と国民の憲法改正に対する理解、この両方がそろわないと憲法改正は実現しない」と、両党の「先走り」に釘を刺す発言も。なぜ首相は自民党にすり寄る両党に、そんな「塩対応*」をしたのか。

実は憲法改正には二つの「山」がある。一つは自民党の結党以来の課題である、戦争の放棄を規定した「第9条」の改正だ。近年、中国の台湾に対する軍事的な圧力が強まり、習近平政権が台湾独立の動きを牽制(けんせい)して「軍事侵攻」を強くほのめかすなど外交的な攻勢をかけている。

ところが、頼りの米国はアフガニスタンから撤退するなど「世界の警察」から一線を引き、同盟国への「肩代わり」を強く求めている。ここで日本が憲法9条を改正して海外への派兵を合憲化すれば、台湾有事の際に米国から自衛隊の派遣と最前線での戦闘を求められるのは間違いない。

中国の脅威に「日本も軍事的なプレゼンスを高めるべき」との世論もあるが、それはあくまで「抑止力」を想定したもの。実際に台湾有事で戦闘部隊として送り込んだ自衛隊が数千人単位の戦死者を出せば、「なぜ他国の戦争で、そこまで犠牲を払うのか」と世論の反発は自民党政権を吹き飛ばすほど大きなものになるだろう。

しかも上陸部隊を撃退できればいいが、中国の台湾占領を許せば日本は外交上も厳しい立場に置かれる。中国が自衛隊の台湾出兵を「中国に対する侵略」と主張し、緩衝地帯として沖縄の占領を仕掛ける口実にされかない。岸田政権にとっては、今はさわりたくない問題だろう。

公明に代わり与党へ食い込むのが「改憲運動」の狙い

もう一つはコロナ禍で創設が検討された、首相が国会の承認を得ずに私権の制限などの強力な権限を持てるようにする「緊急事態条項」だ。しかし、実際にコロナ対策の「緊急事態宣言」で政府がこれまでになく強い「要請」で飲食店などでの営業休止や時間短縮を断行したものの、経済界や商店主からの強い批判や反発を受けた上に補償金などのコストが積み上がった。

政府も当初こそ緊急事態宣言で主導権を取ったが、回数を重ねるごとに地方自治体のイニシアティブや国民の自粛に重点を置くようになる。4回目となる2021年7月からの緊急事態宣言では、政府と都道府県との間で「主導権の押し付け合い」が目立った。

コロナ禍初期は「憲法に緊急事態条項がないから、海外のようなロックダウン(都市封鎖)ができなかった」との指摘も多かった。だが、実際にロックダウンを断行した国の多くで日本以上に多くの感染者や病死者を出しており、「ロックダウンのために緊急事態条項が必要」との主張は説得力を失っている。

岸田首相は先の衆院選で自民単独での「絶対安定多数」を守ったことで、憲法改正を強く求める党内右派の突き上げや保守的な世論を気にする必要がなくなった。そもそも維新と国民民主の「改憲推進」には、公明党に代わって与党へ食い込みたい政治的な思惑が垣間見える。

だが、発議に3分の2以上の議席が必要な憲法改正を目指さないのであれば、保守政党とはいえ野党を巻き込んでまで絶対安定多数を超える議席は必要ない。むしろ維新や国民民主を取り込むことは、公明との関係や保守派で最大派閥の清和政策研究会(安倍晋三派)との力関係での不安定要素になりうる。

「面倒なイザコザに巻き込まれたくない」のが首相の本音だろう。何より維新は安倍元首相や菅義偉前首相との関係が深く、衆院選で岸田首相が掲げた政策を強く批判するなど政権との確執もある。首相の「塩対応」も当然なのだ。

安倍元首相との関係が深い維新を与党に加えると、岸田政権の撹乱(かくらん)要因になりかねない(首相官邸ホームページより)

文:M&A Online編集部