2023年4月より道路交通法が改正され、特定の条件下においてドライバーを必要としない自動運転を認可するレベル4の運行が国内で開始された。これにより、安全な自動運転が保証されている条件を前提に、事業者は公道走行の申請が可能となった。条件なしに完全な自動運転が可能となるレベル5の実現に向けて、政府、事業者が取り組みを強化している。
一方、EV(電気自動車)の市場動向としては、国内外共に成長し続けている。統計調査データプラットフォームを提供するStatista※によると、世界のEV市場は、2021年度時点で約4100億ドルの規模があり、2027年には約1兆4千億ドルを超えると予測されている。国内市場では、2022年度にはEVの国内販売台数が過去最高となる約5万9000台を記録した。全体の乗用車に占めるEVの割合も1年間で1.71%まで伸び、過去最高となった。
これら自動運転とEVは技術的に相性が良く、共に発展している。自動運転では高性能なセンサやシステムを使用するため、バッテリー容量の大きいEVに適している。また、EVではアクセル、ブレーキといった機械的な機構で操縦せずに、電気信号で制御するバイワイヤシステムを導入できるため、自動運転のコンピュータ制御と非常にマッチしている。
こうした状況下で、完全自動運転EVの開発・製造に取り組むTuring株式会社が2023年8月、5.2億円の資金調達を実施したことを明らかにした。今回の資金調達により、累計調達額が15.2億円となった。
今回のラウンドでの引受先は、同社のCEOの山本 一成氏、COOの田中 大介氏とエンジェル投資家5名を含む、計7名だ。今回の調達資金は、2025年に100台の販売を予定する自動運転EVの開発費用に充てる。
Turingは、「We Overtake Tesla」をミッションに掲げ、完全自動運転EVの量産を目指す国内スタートアップである。同社は、将棋AI「Ponanza」の開発者である山本 一成氏、カーネギーメロン大学で自動運転を研究し、博士号を取得した⻘木 俊介氏によって、2021年に共同創業された。自動運転を主軸としたソフトウェア開発とEV生産を事業領域としている。
完全自動運転を実現するためには、素早い車両制御と複雑な状況の理解や解釈の両立、車が周囲の状況を人間と同等以上に理解する必要があるが、同社はそれらを実現するための二つの技術を開発し、現在特許出願中だ。
一つ目は、自然言語の指示や背景知識に基づいて判断する大規模モデルと、センサを中心とした認知・推論を行う軽量モデルを組み合わせることで、複雑な処理をしながらスムーズな車両制御を可能とする技術だ。そして二つ目は、車載カメラから取得した画像をリアルタイムで解析し、自然言語を用いてドライバーに状況解説や提案ができる自動運転入出力システムである。
その他にも、新たなユーザー体験を提供する独自のUI・UXの開発や、ウェブカメラのみで駆動するAIベースの自動運転のPoCを実施。国内初となるAI自動運転走行による北海道一周やコンセプトカーを発表するなど、ハード・ソフトウェア両面での開発が着々と進行している。
同社は、2023年2月に初の車両生産拠点を千葉県柏市に設立し、2025年には100台のEV生産を目指している。また、2030年までに完全自動運転EVを1万台生産し、上場することを目標としている。
代表取締役CEO 山本 一成氏に、今後の展望などについて詳しく話を伺った。
―― 完全自動運転EVの開発に取り組まれたきっかけについて教えてください
山本氏:世界的にはEVや自動運転の開発を行うスタートアップが多数存在する中、国内ではこの領域に取り組むプレーヤーが限られていると考えていました。
世界の車市場は300兆円規模のGDPと言われています。運転に苦手意識を持った方や高齢者といった運転が困難な方々が自動運転EVの実現によって車を利用しやすくなると考えると、市場はさらに大きくなる可能性があります。
車市場が成長している一方で、国内ではAIを用いた自動運転の事業を展開している企業は少数です。複雑な処理を伴う自動運転を実現するにはAI技術が必要となりますが、その開発に注力する企業はわずかでした。
しかし、国内には、車やAIの領域で優秀なエンジニアが多数存在しています。世界競争に対抗できるだけの十分な人材と、大きなポテンシャルを持っています。
また、最近では、大企業ではなくテスラのように急成長で市場をリードするスタートアップが出現しています。自動車業界においてもゲームチェンジが起きている現在だからこそ、この領域でチャレンジする意義があると考え、創業に至りました。
―― 自動運転技術だけでなく、車体の開発までチャレンジされている背景は?
Turingのミッションとして、「We Overtake Tesla」を掲げています。Teslaを超えるためには通常のアプローチでは不十分です。どこかのセグメントで区切り、その領域だけで勝ち切るというアプローチは一見すると賢いやり方かもしれません。しかし、それでは時価総額を含めた会社の価値は限定的になってしまいます。難易度は高くても、自動運転技術と車体を同時に開発することで、計り知れない価値が生まれると信じています。
―― プロダクトを開発される中で、難しいのはどのようなポイントでしょうか?
車体とAIという遠い存在を上手く統合することは容易ではありません。技術的には、生成AIや大規模ニューラルネットワークの技術が進歩しているため、それほど困難ではありませんが、両者をシームレスに結びつけた開発を実現することが最も難しい部分です。車のハードウェアの開発を行う場合でも、ソフトウェアの性能が活かされやすい構造にする必要があるなど、連携性が非常に重要です。
また、車製造に必要な部門は多岐に渡り、各部門ごとにリソースをどの程度割り当てるべきかという点も複雑です。車のコンポーネントだけでも3万点の部品があり、各部門がそれぞれに対応します。限られたリソースの中でどこにどれだけ分配するのかが、開発プロセス構築の一番の要であると思います。
―― 御社のプロダクトが普及した先のメリットについて教えてください。
車からハンドルがなくなるというインパクトは非常に大きく、生活様式が激変すると思います。運転への障壁が減り、従来のハンドル操作の車が一昔前の存在になると思います。
こうした未来を実現するためには安全性の観点が極めて重要です。安全性には、まず本当に安全であるのかどうかと、幅広い関係者に安全だと評価される基準をクリアしているのかという2つの側面が考えられますが、まず、私たちは真の安全性を追及していきます。
現状ではまだ実用化段階にはありません。特定の高速道路など限定的な条件であれば実現しているものの、人が運転する自家用車と同じレベルで操作ができる段階までは達していないため、実用化に向けた開発に注力しています。
―― 資金調達の背景や使途について教えてください。
車両を量産する上での部品調達、さらなるAI技術開発への投資を目的に調達しました。
今回の調達では私自身と、COOの田中も出資しています。イーロン・マスク氏のように、経営陣の資金を会社に投入することで、この事業にかけているという姿勢が社内外に伝わると考えています。
また、人材採用にも資金を充てる予定です。特に経営層や開発の中核を担うエンジニアを採用し、事業の発展を加速させていきます。
―― 今後の長期的な展望を教えてください。
Turingの展望としてはすでに公表しているとおり、2030年までに完全自動運転EVの生産1万台を目指しています。そして、その後のビジョンとしては、「人類を発展させる」という野望があります。文明は次第に発展していくものです。AIに関しても今後は、幅広くより強力な進化を遂げると思います。
そうした中で、人類の文明をさらに発展させていきたいという思いがあります。過去に達成したAIで将棋の名人に勝利すること、現在取り組んでいるテスラを超える会社を作ることの他に、さまざまな目標があります。不老不死や人工子宮の実現など取り組みたいことはたくさんあります。こうした目標を達成する上でのケイパビリティを今後の事業展開で培っていきます。
文明の進歩は想像しているよりも目まぐるしく起きています。1900年に生きていた人が、それから約70年後に人類が月に到達しているなんて想像できなかったのではないでしょうか。現代は、その時代よりもさらに速いスピードで発展しています。目が黒いうちに、大きな未来を想像し、目標を一つひとつ実現させていきたいと考えています。
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参考:
※ Statista 「Electric vehicles: A global overview」