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【京王井の頭線】戦前の合併劇に揺れた東京郊外の路線(後編)

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HAYABUSA / PIXTA(ピクスタ)

五島の社長就任を見届けて逝った利光鶴松

1941年6月28日、すでに喜寿を迎えていた利光鶴松は小田急電鉄の社長を辞任し、後継社長には副社長の利光學一が就任した。學一についてはすでに述べたところであるが、社長在任期間はわずか2か月半に終わった。利光鶴松が、五島慶太に小田急電鉄の社長に就任するよう要請したからである。五島はさすがに即答を避けたが、9月20日に社長となった。

五島と利光は、京浜電気鉄道の買収をめぐって浅からぬ縁があった...

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