一神教と疫病とコーポレートファイナンスⅧ|間違いだらけのコーポレートガバナンス(19)

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ユダヤ教徒にアウトソースした王室の失敗

この一見実に狡猾で効率的に見えるこの徴税方法は、実は王室にとって致命的なミスだったのではないか。これにより王室が領土を統べるために必要な決定的な能力を失わせ、その能力を宮廷ユダヤ人が持つことになる要因になったのではないか。筆者はそう考えている。

宮廷ユダヤ人は、この困難な徴税を通じて国家運営における最も重要な情報を握ることになったはずだ。その情報とはフリル(装飾)のないキリスト教社会(王室の臣民たち)の生活実態についての情報である。

鍛冶屋は儲かっているか。農家はどうか。沿岸地域の貿易商人は活発な活動で儲かっているようだ。一方で漁業は厳しい。国境近辺では農家が隣国に襲われている。例えばそんな情報だ。

本来、賢君は徴税業務をアウトソースしたり、徴税権を売却・証券化したりしない。国家運営をビジネスと考えるならば、徴税とは顧客(国民)との最も重要な接点である。

為政者は、この顧客接点を通じて臣民の生活の偽らざるペインポイント(課題、ニーズ)を知り、領土・国家をよりよく治めるためのかけがえのない情報として活用するのだ。

徴税業務を通じて王国臣民の膨大な情報を得たユダヤ人(Photo by DMCA

キリスト教王国下のユダヤ教徒の共同体はアルハマ自治体と呼ばれ、この中で「コレクタ」と呼ばれる徴税組織が編成された。地域間のコレクタ同士が連携しあって、買い取った徴税権の回収にあたった。

まさに「サービサー」である。そして、宮廷ユダヤ人は、この活動を通じて蓄積されたキリスト教臣民の経済状況、つまるところ「国民のペインポイント」を詳細に把握することができたと考えられる。

資金調達(徴税)領域から財政支出、貨幣鋳造まで

こうした臣民領土の経済情報を王室に提供することで、宮廷ユダヤ人たちはさらに王室の信頼を得ていったと考えられる。やがて、宮廷ユダヤ人は、資金調達(徴税)だけでなく、投資(財政支出)も補佐するようになる。

どのような投資・支出が今必要で効果的か、徴税を通じた情報をフル活用することができたからだ。効果的な財政支出は、徴税を通じて得た正確な情報があってこそ可能なのだ。そしてついに培った貨幣に関する知識と技術を生かして、貨幣鋳造を担う宮廷ユダヤ人さえ生まれた。

国家財政3大ポストを宮廷ユダヤ人が担う

現代の日本財政になぞらえるなら、「国税庁長官」「財務省主計局長」「日本銀行頭取」の国家財政3大ポストを宮廷ユダヤ人が一手に握ったことになる。それらはいずれもユダヤ教徒が最初から望んだものではないだろう。

圧倒的マジョリティーのキリスト教社会の中で、異教徒のユダヤ教徒は本来ならあまり目立たずひっそりと暮らしたかったはずだ。

しかし、彼らの財産と能力を時の権力者は放ってはおかなかったのだ。そして、ユダヤ教徒たちは、徴税を首尾よく成し遂げたことで、結果的には国家財政の重要な任務を担うことになった。

こうして、「国王所有の隷属民」としてのユダヤ教徒は、常にキリスト教社会との間に常に深刻な緊張と対立を孕(はら)みながらも、ギリギリの「均衡と共存」を維持し、イベリア半島での生活を維持していった。

(この稿つづく)

文:西澤 龍(イグナイトキャピタルパートナーズ 代表取締役)

西澤 龍 (にしざわ・りゅう)

IGNiTE CAPITAL PARTNERS株式会社 (イグナイトキャピタルパートナーズ株式会社)代表取締役/パートナー

投資ファンド運営会社において、不動産投資ファンド運営業務等を経て、GMDコーポレートファイナンス(現KPMG FAS)に参画。 M&Aアドバイザリー業務に従事。その後、JAFCO事業投資本部にて、マネジメントバイアウト(MBO)投資業務に従事。投資案件発掘活動、買収・売却や、投資先の株式公開支援に携わる。そののち、IBMビジネスコンサルティングサービス(IBCS 現在IBMに統合)に参画し、事業ポートフォリオ戦略立案、ベンチャー設立支援等、コーポレートファイナンス領域を中心にプロジェクトに参画。2013年にIGNiTE設立。ファイナンシャルアドバイザリー業務に加え、自己資金によるベンチャー投資を推進。

横浜国立大学経済学部国際経済学科卒業(マクロ経済政策、国際経済論)
公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員 CMA®、日本ファイナンス学会会員

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2021/01/30

ユダヤ教徒は貿易業などの本業を営みつつ、多角化の一環として金融業を早くから営んでいた。ユダヤ教徒の金融業の発展過程とその背景について書いてみたい。キーワードは「宮廷ユダヤ人」だ。そして舞台はイベリア半島(現在のスペインとポルトガル)である。