音が映画にもたらす効果と重要性に迫っていくドキュメンタリー映画『ようこそ映画音響の世界へ』が8月下旬に公開され、口コミで評判を呼んでいる。
映画の歴史をエジソンの蓄音機から紐解き、『スター・ウォーズ』や『地獄の黙示録』といった大ヒット作を例に挙げ、監督や音響担当者自らが音作りの裏話を語る。マニアックなファンでなくても興味深い話ばかりだ。
映画にはもともと音がなかった。しかし、1927年に初めての本格トーキー映画『ジャズ・シンガー』が誕生したことで人々は“音”に熱狂した。以降、映画の音は今現在も日々発展し続けている。
映画音響の進化において、大きな偉業を残した『キング・コング』(33)、『市民ケーン』(41)、『鳥』(63)、『ゴッドファーザー』(72)、『スター・ウォーズ』(77)、『地獄の黙示録』(79)といった往年の傑作から、続編の公開で話題の『ワンダーウーマン』(17)や第 91 回米アカデミー賞の最多ノミネートで注目を集めた『ROMA/ローマ』(18)など近年の名作映画のフッテージ映像をふんだんに使い、知られざる映画音響の歴史に迫る。
『キング・コング』では架空の動物の声を作るため、担当者はどんな工夫をこらしたか。オーソン・ウェルズがラジオドラマ「宇宙戦争」で使った技術を『市民ケーン』に転用して音の奥行きを表現し、ヒッチコックが『鳥』のコンセプトを音で具体化したことなど、映画の歴史を音にスポットを当てて解説する。
しかし、往時はまだ音の重要性は配給会社にも観客にも理解されていなかった。それを一変させたのが『スター・ウォーズ』である。
ジョージ・ルーカス監督から「シンセサイザーではなく本物の音で」と言われ、音響デザイナーのベン・バートは1年かけて音を集めたことを振り返る。
ウーキー族の声はプーという名の表情が豊かなクマの声がベースになっているという。苦労したのがR2-D2の声。試行錯誤の末、「言葉は音の表情。抑揚が意味を伝える」と気づき、自分の声とキーボードの音を重ねて作り出した。この作品でベン・バートはアカデミー賞を受賞し、C-3PO、R2-D2とともに登壇したシーンも映し出される。
映画の音を大きく変えたと言われているのが『地獄の黙示録』である。音響デザイナーのウォルター・マーチは5.1chサラウンドシステムを世界で初めて実現する。これはフランシス・フォード・コッポラ監督が撮影中に冨田勲の組曲「惑星」を 4 チャンネルで聴き、衝撃を受けたのがきっかけだった。
さらに環境音、武器の音、船の音、群衆のガヤといった数々の “音”を1人が1つだけ、全編を通して担当するようにし、それをウォルターが1つにまとめ上げた。こうしてバラツキのない一貫性のある“音”が映画全体に響いたのである。
ほかにもいくつもの作品が取り上げられ、監督自身や音響担当者が音について語っている。
例えば、『トップガン』では音響編集主任のセス・ホールが「ジェット機の音だけでは意外と弱々しくて退屈」と振り返り、意外なものを重ねて、鋭く激しい迫力のある戦闘機の爆音を再現したことを明かす。本作の冒頭でベン・バートが「映画の音は錯覚のアート」と言っていたが、まさしくその言葉が当てはまる。本物以上に本物らしい。
雪の上を歩く。濡れた服で取っ組み合いをする。落ちているグラスを踏んで割ってしまう。クリストファー・ノーラン監督の『インセプション』ではこういった音をフォーリー・アーティストがカスタムメードする様子を該当シーンと交互に映し出す。彼らはわずかな雪の上で足を踏み鳴らし、濡れた布を床に叩きつけ、松ぼっくりを転がしていた。意外にベタな方法に驚く。音で演技をしているのだ。
ソフィア・コッポラ監督は『ロスト・イン・トランスレーション』で「音の積み重ねがリアリティを生む」と背後にある環境音の大切さを語る。そこで映し出されるのは舞台となった東京の雑踏。JRの駅構内シーンで電車の発車ベルが流れてくると、その場にいるような感覚になるだろう。
現在公開中の2作品ークリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』、ソフィア・コッポラ監督の『オン・ザ・ロック』が映画館を賑やかしている。音の観点でこれらの作品を見ると、また違った魅力が味わえるかもしれない。
文:堀木三紀(映画ライター)
『ようこそ映画音響の世界へ』
監督:ミッジ・コスティン
出演:ウォルター・マーチ(『地獄の黙示録』)、ベン・バート(『スター・ウォーズ』)、ゲイリー・ライドストローム(『ジュラシック・パーク』)、ジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・リンチ、アン・リー、ライアン・クーグラー、ソフィア・コッポラ、クリストファー・ノーラン、アルフォンソ・キュアロン、バーブラ・ストライサンド
原題:Making Waves
提供:キングレコード
配給:アンプラグド
2019年/アメリカ/英語/カラー/ビスタ/94分/5.1ch
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8月28日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
オフィシャルサイト http://eigaonkyo.com/
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