80年代のハリウッド・スター

いつの時代も、スクリーンには大衆の夢が投影される。とりわけ若者の希望を一手に引き受けるのは、セクシーでウィットに富み、自らもスターダムを駆け上がったハリウッド俳優たちだ。

1980年代後半。レーガノミクスを経て、アメリカ経済が徐々に回復の兆しを見せ始めた頃。デビュー間もない俳優たちは、映画を通して「成功者」を体現してみせた。トム・クルーズは『栄光の彼方に』(83年)で血気盛んなアメフト青年を演じ、トム・ハンクスは『恋のじゃま者』(86年)でエリート広告マンに成り切った。学校をサボってフェラーリを乗り回したのは、『フェリスはある朝突然に』(86年)のマシュー・ブロデリックである。

本作『摩天楼(ニューヨーク)はバラ色に』(87年)のマイケル・J・フォックスも、そんな彼らと同世代にあたる。紆余曲折を経て出演した『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年)が大ヒットを収め、コミカルな演技に拍車がかかってきた頃の話である。

フォックスが演じたのは、カンザスの田舎町に育った青年ブラントリー。大学を卒業したばかりの彼は、両親の反対を押し切り、単身ニューヨークでの就職を決意する。強者がひしめき合うビジネス界を上りつめ、アメリカン・ドリームを手にするために。『摩天楼はバラ色に』は、そんなブラントリーが口八丁手八丁で周囲を巻き込んでいく様子を、軽妙な筆致で描いたコメディである。

大企業に就職のはずが……

破天荒な話のあらましはこうだ。「次に帰郷するときは自家用ジェットで」と勇むブラントリーだったが、やはりそこはニューヨーク、手厳しい洗礼が待ち受けていた。なんと内定先の会社が買収されてしまい、出勤初日に解雇されてしまったのである。仕方なく他の就職先をあたるものの、実地経験のない若造に世間の風当たりは厳しかった。大学で修めた経営学の知識も役に立たず、どこへ行っても門前払いされてしまう。

途方に暮れかかるブラントリーだったが、どうやら幸運の女神がついていたらしい。両親から渡されていたメモに、親類筋で会社を経営している男、ハワードの連絡先が書かれていたのである。かくして、ブラントリーは「ドッグフードからミサイルまで」手がける大企業、ペンローズ社で働くことになる。

だが、蓋を開けてみれば、ブラントリーが採用されたのは社内の配送係。そこは憧れのビジネスマンとは無縁の職場だった。やさぐれ気味の同僚はホワイトカラーの者たちを「スーツ」と呼び、挨拶を交わすことさえしない。来る日も来る日も書類を配達するばかりで、出世の見込みなど無いに等しかった。

ここから主人公の本領発揮である。機転を利かせたブラントリーは、配送係の職権を濫用し、オフィスの空き部屋に無断で入り込んでしまう。そこで偽名を用いて秘書を雇い、勝手に業務を始めてしまったのである。それだけでは終わらない。まんまと重役に成り済ましたブラントリーは、ビジネスの才を遺憾なく発揮し、敵対的買収の危機にさらされたペンローズ社を救っていくのだ。美女とのロマンスまで添えて。

LBOによる買収が活発な時代

話の腰を折るようだが、『摩天楼はバラ色に』は、いささかオールド・ファッションの作品である。無鉄砲な田舎者が大都会へと飛び出し、己の才気と幸運を信じてアメリカン・ドリームをつかむ物語。主人公のブラントリーは立身出世、いわゆるセルフメイド・マンの典型であり、アメリカが建国から掲げる英雄像とも重なっている。

とはいえ、ストーリーの骨子こそ大時代的でありながらも、本作で描かれているのは、まさしく80年代的な成功神話にほかならない。たとえば、それはジョン・ロックフェラーやヘンリー・フォードの「成功」とは明らかに毛色が異なっている。なにせブラントリーが挑むのは、金が金を生み出す高度資本主義社会。LBO(レバレッジド・バイアウト)による企業買収が横行し、トップの首がすげ替わるような時代である。

そのような時代において、いったい「成功」への道とは何だろうか。ロックフェラーやフォードのように事業を拡大し、経営者として財を成すことだけがアメリカン・ドリームの形だろうか。ブラントリーのように投機的で大胆な行動に打って出るのも、ひょっとすると「成功」の秘訣ではないだろうか。

大学を出たばかりの若者が、ニューヨークの大企業で重役の椅子に座る。たしかに荒唐無稽な話だが、そんな夢を人々に描かせてしまうほど、時代は熱に浮かれていたのかもしれない。

資本主義の(反骨)精神

マックス・ウェーバーによれば、近代資本主義が誕生した背景には、プロテスタントの禁欲的な精神があったという。ほかのことの一切を忘れ、ただ信仰と労働のみに生きる人々が、はからずも経済の発展を促したのである。本来、アメリカン・ドリームの根底には、この勤勉さに対する称賛があったといえるだろう。

俳優から政治家に転身したロナルド・レーガンは、考えてみればアメリカン・ドリームの体現者だった。だが、そんな彼の導いた時代が夢であふれていたかといえば、ちょっと怪しいものである。「強いアメリカ」を掲げたレーガン政権は、好景気の裏側で貿易・財政赤字を拡大させた。加えて、日本企業の台頭は大国にプレッシャーを与え、結果として激しい貿易摩擦を引き起こしている。

もはや勤勉な努力のみで成功することはできない。システムの裏をかき、資本主義を賢く立ち振る舞う者が成功するのだ。フォックス演じるブラントリーが示したのは、そんな新たな時代のロールモデルだったといえる。

経営者主導の経済から、ウォール街主導の経済へ。80年代を通して、アメリカ経済は大きな変貌を遂げた。時代についていけない経営者は淘汰され、ブラントリーのように行動する実業家が取って代わる。やがてインターネット・バブルの時代を迎え、反骨精神を持ったイノベーターが次々と現れるだろう。『摩天楼はバラ色に』は、そんな大国の未来を予言していたように思える。

文:村松 泰聖(映画ライター)

摩天楼(ニューヨーク)はバラ色に
監督:ハーバート・ロス
主演:マイケル・J・フォックス, ヘレン・スレイター, リチャード・ジョーダン
1986・87/アメリカ/110分

摩天楼はバラ色に