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事故か陰謀か『誰がハマーショルドを殺したか』

※この記事は公開から1年以上経っています。
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© 2019 Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB

事故か陰謀か…英米諜報機関の関与はあったのか? 

今から約60年前、国連チャーター機が墜落し、搭乗していた第2代国連事務総長のダグ・ハマーショルドが事故死を遂げる。欧米の搾取を排してアフリカ諸国の独立を進めたハマーショルドは、旧植民地大国から疎まれていた。この墜落は事故ではなく、仕組まれたものではなかったのか。映画『誰がハマーショルドを殺したか』はデンマーク人ジャーナリストのマッツ・ブリュガー監督がハマーショルドの死の謎に迫ったドキュメンタリー作品である。

あらすじ

1961年9月、コンゴ動乱の停戦調停のため、ハマーショルドはコンゴに向かった。しかし、チャーター機はローデシア(現ザンビア)で謎の墜落事故を起こし、ハマーショルドを含む乗員すべて死亡。長らく原因不明の事故とされてきた。

その後、これは単なる墜落事故ではなく、ハマーショルドの命を狙った暗殺事件であったことをほのめかす資料が発見された。ブリュガー監督と調査員のヨーラン・ビョークダールは謎を解明すべくアフリカ、ヨーロッパ各地を旅するが、当時の関係者は皆、口をつぐみ、取材は行き詰まりを見せる。しかし彼らは調査を進めるうちに、ハマーショルド暗殺事件の真相だけでなく、想像を絶する驚愕の秘密組織サイマーによる陰謀にぶち当たる。

ハマーショルドとはどんな人物か

ハマーショルドは1905年、スウェーデンの首相ヤルマル・ハンマルフェルドの四男として生まれ、スウェーデンの財務次官や外務次官などを経て、1953年に第2代国連事務総長に就任した。反植民地主義を掲げる〝熱烈な理想主義者″といわれ、アフリカの人々が自分たちの国を支配国から取り戻す手助けをした。当時、独立の混乱で内戦状態にあったコンゴ共和国が冷戦の代理戦争の戦場にならないよう、コンゴ政府の要望を受けて国連軍を派遣し治安維持に取り組むが、コンゴで乗り込んだ飛行機が墜落して、志半ばで死亡した。

© 2019 Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB

ブリュガー監督はこの事故に興味を持ち、国連職員だが一個人としてハマーショルド事件を追い続けた父の跡を継いだスウェーデン人、ヨーラン·ビョークダールの調査に参加する形で撮影を開始し、封印された謎を解明すべく重要人物を追う。

鬼才・ブリュガー監督の手腕

ブリュガー監督といえば、これまで一筋縄ではいかないテーマに対して大胆な潜入取材を敢行して解き明かしてきた。例えば、第26回サンダンス映画祭審査員賞を受賞した『ザ·レッド·チャペル』(2009年)では、文化交流の名目で2人の韓国系デンマーク人コメディアンとともに北朝鮮入りし、2人が舞台に立つまでの様子を追うことで北朝鮮の現状を浮かび上がらせた。『アンバサダー』(2011年)ではリベリア外交官の肩書きをブローカーに1350万円を支払って手に入れて、アフリカ大陸の奥地へ乗り込み、隠し撮りを続けた。

今回はドキュメンタリーでありながらフィクションともとれるような手法で観客を真実へ誘う。ブリュガー監督とヨーランの2人が南アフリカ、コンゴ、ザンビア、イギリス、ロシア、スペインなど世界中でインタビューを行い、謀略を裏付ける証言と証拠を追い求める。

© 2019 Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB

ベルギーの傭兵の捜索、白い服しか着ない悪者の話、事務総長の死体に添えられたトランプのカードの謎、南アフリカの秘密組織の噂…。疑惑が疑惑を生むスリリングな展開が続く。ブリュガー監督は悪者と同じ白い服に身を包み、ホテルの一室で記録係となる黒人女性に自ら語って記録させる。ただ、記録女性は2人おり、ブリュガー監督はそれぞれの女性と別の部屋で記録を行うという怪しげな演出をする。

そしてブリュガー監督とヨーランは南アフリカの秘密組織サイマーの存在を探り当て、英米の諜報機関の関与を打ち明ける証言を聞きだし、アパルトヘイト政策の時代に行われていた悪夢のような事実を暴き出す。

しかし、観る側は落ち着かない。この映画は真実を語っているのか、と。

ブリュガー監督は、ある時は隠された事実を暴いたように見せ、ある時は胡散臭いでっちあげのようにも見せ、全体として確証を抱かせない。危険な取材を続けるための術だと思えば頷けるが、観客は途中で放り出されたような気分になる。

異例の現国連事務総長の発言

折しも、アントニオ・グレーテス国連事務総長は2020年7月18日にオンラインで演説し、「70年以上前に世界の頂点に立った国々が、国際機関の力関係の転換を要する改革を拒んでいる」と述べ、大国を批判した。国連安全保障理事会の5常任理事国を念頭においたと見られる異例の発言だ。

1960年代当時、旧植民地大国にとって目の上のたん瘤であったハマーショルドの死亡事故は偶然だったのか、それとも陰謀だったのか。不思議な後味が残る映画である。

最後に。エンドロールが終わるまでは席を立たないように。

文:堀木 三紀(映画ライター)

7月18日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

原題:Cold Case Hammarskjold
監督・脚本:マッツ・ブリュガー
撮影:トーレ・ヴォーラン
音楽:ヨーン・エリック・コーダ
出演:マッツ・ブリュガー、ヨーラン・ビョークダール
2019年/デンマーク=ノルウェー=スウェーデン=ベルギー/123分/ビスタサイズ/5.1ch
配給:アンプラグド
© 2019  Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB

 

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