ピエール・カルダンの活動は、単なるファッションデザイナーにとどまらない。ライセンスビジネスを生み出し、当時は珍しかったソ連や中国へ進出、老舗レストランの「マキシムドパリ」や劇場の買収・・・有能な経営者としての一面も持つ。

映画『ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン』

ライフ・イズ・カラフル!
© House of Cardin - The Ebersole Hughes Company

2020年10月2日(金)より全国公開となった映画『ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン』は、モード(流行)の民主化を追求しファッション界の革命児と言われたピエール・カルダンの軌跡を本人や関係者へのインタビューで描いたドキュメンタリー映画である。

異端の天才デザイナーと称されるカルダンは独自のビジネス感覚で事業領域を広げ、ファッション界に次々と新風を巻き起こした。2020年7月に98歳となったカルダンは今も現場の第一線に立ち、その歩みを止めていない。常に前進しようとするカルダンの積極的な生き様は、コロナ禍で気詰まりな日々を過ごす私たちに多彩(カラフル)な気付きを与えてくれそうだ。

<あらすじ>

富裕層向けのオートクチュール(高級仕立服)全盛の1960年代のフランスで、新進気鋭のデザイナーとして台頭したカルダンは、いち早くプレタポルテ(既製服)市場に参入する。

「私の目標は一般の女性の服を作ることだ」と宣言するカルダンは人種を越えて多様な女性モデルを発掘・起用し、スーツ一辺倒だったメンズファッションに新たな装いを持ち込み、日本、ソ連、中国といった当時のモード後進国に次々と進出する。

カルダンはデザイナーとしての経営基盤を確かなものにするため、ライセンスビジネス*を始める。その傍らで、芸術文化の保護と発展のため、劇場を買収して無名の演出家や役者、作品にチャンスを与えたり、老舗高級レストランを買収する。

*ライセンスビジネスとは、ブランド名やキャラクターを使用する権利を与え、利益を得る手法のこと

75年間も第一線で活躍し続ける秘訣とは

人種を越え、日本人を含む多様な女性モデルを起用

ピエール・カルダン(Pierre Cardin)は1922年にイタリアのヴェニス近郊で生まれ、2歳の時にファシズムの台頭を逃れて一家はフランスに移住した。

ピエール・カルダン氏
ピエール・カルダン氏

10代後半にフランス・ヴィシーの仕立て屋で技能を身に付け、第二次世界大戦が終わった45年にパリに移り、クリスチャン・ディオールのアトリエなどで腕を磨いた。以来、75年にわたり、ファッション業界で働き続けている。

その働き方は、常に新しいものを求めてやまない。「(モードは)金持ちの特権階級の女性に限定されてはいけない。創造性は多くの女性に提供されるべきだ」。そう語るカルダンは、60年代は高根の花だったモードを一般の女性に広めようとプレタポルテに進出し、さまざまな新手を繰り出していく。

白人が主流だった女性モデルに、アジア系や黒人のモデルを起用したのも、その一つ。世界中の女性にモードを届けたいとするカルダンの強い意志を感じる。人気モデルのナオミ・キャンベルは「人種を越え多様なモデルを起用した彼の果たした役割は大きい。感謝している」と笑顔で語っている。

タイトなドレスではなく、ゆったりとしたAラインのワンピース。身にまとう人の体型や肌の色を考えない。カルダンのデザインは驚きを持って迎えられたことだろう。「自由に動ける服は女性たちを力づけてくれた」とデザイナーのトリーナ・タークはカルダンの功績を讃える。

先見の明があったモード後進国への進出とライセンスビジネス

当時は誰も考えが及ばなかったモード後進国のソ連や中国への進出も、世界中の女性が相手だと考えるカルダンにすれば、今でいう「ブルーオーシャン」に見えたのだろう。中国では万里の長城でファッションショーを開催。人民服のグレー一色の中に、カラフルな色合いの服がひときわ鮮やかに輝いた。

日本への初来日は1958年。日本デザイン文化協会の招待でファッションショーが開催された。デザイナーの森英恵はモデルの松本弘子をカルダンに引き合わせ、彼女はやがてカルダンのシーズンのメインの服を着るトップモデルに上り詰めた。2003年に逝去した松本弘子の貴重な映像も、この映画の見どころだ。

デザイナーとしての経営基盤を確かなものにするためライセンスビジネスを始めたのも、ピエール・カルダンがファッション業界で初めてだった。自動車、飛行機、航空会社のユニフォーム、家具、香水、日用品…あらゆる商品のデザインを手がけ、ピエール・カルダンのロゴは世界中に広まった。

ピエール・カルダンのロゴ
あらゆる商品にピエール・カルダンのロゴが © House of Cardin - The Ebersole Hughes Company

2つの買収 ー 劇場とマキシム・ド・パリ

カルダンは1970年に劇場を買収。才能ある新人にデビューの場を提供した。フランスの名優ジェラール・ドパルデューはカルダンに見いだされた一人だという。著名な出演者も多く、歌手のディオンヌ・ワーウィックやロックミュージシャンのアリス・クーパーが自らの出演時の舞台裏を懐かしそうに話しているのが興味深い。

さらにカルダンは1981年にパリの老舗高級レストラン「マキシム・ド・パリ」の経営権を取得してオーナーとなり、上階に自身が長年かけて収集したアールヌーボーの名品約750点を展示する美術館を開設した。

このマキシム買収をめぐっては逸話がある。1960年の出来事だが、当時売り出し中のカルダンが自身の新作の服を着てマキシムを訪れたところ、ドレスコードに引っ掛かり門前払いされてしまったのだ。

それから約20年後、カルダンは完全買収によって強烈なリベンジを果たす。この執念深さもまた、カルダンなのかもしれない。

御年98歳のピエール・カルダン氏
御年98歳のピエール・カルダン氏 © House of Cardin - The Ebersole Hughes Company

若さの秘訣は「仕事だ。働くことだよ」

「若さの秘訣は何ですか」と問われたカルダンは、こう即答する。「仕事だ。働くことだよ。幸せだ」 まもなく100歳を迎えるカルダンだが、新たな挑戦に意欲的だ。2012年に手放した劇場に代わり、映画館を併設した新エスバス・カルダンをパリ郊外に建設するという。イタリアのヴェネチアにタワーの建設を計画していることも映画で明かされた。

映画に登場する多士済々な関係者の証言からは、多様性を重んじ、常に新たな挑戦を続けるカルダンの信条が浮かびあがる。

ゲイであることを隠さずに、パートナーとの思い出に言葉を詰まらせる姿もまた印象的である。米国や欧州で起きている黒人や移民への差別問題で社会が分断の危機に直面するなか、多様性を重んじながら誠実に、自分にしかなしえない価値を希求し続けるカルダンを描いた本作は、2020年のいま、私たちに多くのことを語りかけてくれる。

文:堀木三紀(映画ライター)/編集:M&A Online編集部

『ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン』
原題:HOUSE OF CARDIN
監督:P.デビッド・エバーソール、トッド・ヒューズ
出演:ピエール・カルダン、ジャン・ポール・ゴルチエ、シャロン・ストーン、ナオミ・キャンベル、森英恵
2019年/アメリカ・フランス/101分/ビスタ/5.1ch
配給:アルバトロス・フィルム 
© House of Cardin - The Ebersole Hughes Company
2020年10月2日(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか
公式サイト:https://colorful-cardin.com/