主要メディアが伝えない香港理工大学包囲事件|『理大囲城』世界に先駆け劇場初公開

※この記事は公開から1年以上経っています。
alt
© Hong Kong Documentary Filmmakers

戦場になったアジア屈指の名門校・香港理工大学

「香港理国大学包囲(籠城)事件」(2019年)をご存じの方はいるのだろうか。

2019年の逃亡犯条例改正で、香港の民主化運動は再び大きなうねりを見せた。6月16日のデモには最大約200万人(主催者発表)が参加したとされる。これは香港市民の4人に1人以上が参加した計算だ。

7月1日にはデモ隊が香港立法会を一時占拠し、警官隊が強制排除を行い、11月には香港中文大学や香港理工大学に学生が立て籠もる事態となった。特にアジア屈指の名門校・香港理工大学では、圧倒的な武力を持つ警察により包囲された構内に中高生を含むデモ参加者と学生が取り残され、救援物資を運ぶことも記者や救護班が入ることも許されなかった。

その結果、逃亡犯条例改正反対デモで最多となる1377名の逮捕者を出した。香港返還後、最も悲惨で壮絶な事件だったが、いまだその全容はあきらかになっていない。

© Hong Kong Documentary Filmmakers

公開に際し、オンラインで監督インタビューを敢行

『理大囲城』は香港理工大学が警察に封鎖され、要塞と化した緊迫の13日間を「香港ドキュメンタリー映画工作者」たち(※)が記録した衝撃の記録である。2021年山形国際ドキュメンタリー映画祭で最高賞となるロバート&フランシス・フラハティ賞を受賞したほか、海外の映画祭を席捲。このたび日本で世界初劇場公開されることとなった。

香港では上映禁止となった本作の日本公開に際し、「香港ドキュメンタリー映画工作者」の中から数名の方にオンラインでのインタビューを敢行。撮影のきっかけや香港理工大学籠城事件が香港にもたらした影響などについてうかがった。

※香港ドキュメンタリー映画工作者は複数の友人で構成されたグループだが、身の安全を考慮して全員匿名としている。

──香港の民主化デモの1つ香港理工大学での籠城の様子を内部から克明に映し出しているのに驚きました。撮影のきっかけからお聞かせください。

この作品は複数の撮影者が理大でのデモの後に集まって、映画として1つの作品にまとめることが決まりました。撮影の経緯や理由は撮影者によって異なります。デモの当時はみな、独自の裁量で撮りたいものを撮っていました。

私は2013、2014年の反愛国教育運動や雨傘運動のときもカメラを回していました。ただ、当時は情緒に訴える映像を撮っていて、記録映像として冷静さや客観性が欠けていたのです。雨傘運動以降、香港の社会運動自体が停滞してしまい、私自身も社会運動の撮影に対しても熱意が下がり、2019年6月に逃亡犯条例改正で運動が活発化しても、今回は絶対に撮影をしないと思っていました。

ところが何回かデモ現場に行くうちに、「自分も最前線に立ちたい。でも怖い。足手まといになったらどうしよう」と思うようになり、7月1日の立法会包囲のときには再びカメラを持って撮影をしました。

ここにもう1人、撮影者がいますが、その方は「これまでの香港の社会運動とは全く違い、2019年の香港民主化デモには香港人がほぼ全員が参加しました。誰もが影響を受けていて、自分もその中で何かしら記録をしたかったのです。当時は映画作品にするつもりはありませんでした。その後、香港ドキュメンタリー映画工作者グループと知り合い、今に至ります」と語っています。

──デモに参加しながら撮影するのは他の参加者よりも負担が大きかったのではありませんか。

前線で撮影をしていると、デモの参加者ではなく、PRESSとして扱われ、むしろ少し安全な立場でした。前線でがんばっている人を記録したくてカメラを回していたのに、撮影しているうちに自分も参加したいという気持ちが出てきますし、目の前で参加者が逮捕されていくのを見ていると、何もできない自分がすごく悔しいし、無事でいられる自分が何より恥ずかしい。デモに参加する立場と撮影者としての立場にはものすごい矛盾を感じていました。

──撮影する際に意識したことはありましたか。

私は客観的であることは気にしていませんでした。映像を見ていただけば、私の立場が分かると思ったのです。運動の行く末を撮影するのではなく、理大の中で行われていた参加者の討論や時間の経過による変化を記録することが目的でした。作品にはさまざまな映像が使われていますが、そこは一貫しているのではないかと思います。

社会運動の報道は結果だけ、もしくは衝突の大きいシーンのみ伝えることが多い。そこにはどういう背景の人がいて、どういった矛盾や苦悩を抱いていたのか。あの瞬間、なぜそういう決断をしたのか。その決断に対して疑心暗鬼が生まれ、スパイ(香港では「鬼」というのですが)がいるのではないかという話も出てくる中、自分たちは主流メディアが伝えられない部分を撮影して、補足していくということを意識して撮っていました。

© Hong Kong Documentary Filmmakers

──参加者の気持ちの変化という点では、1人になったときに「死は覚悟したが、人知れず死ぬのは嫌だ。本当は怖くて仕方がない」「早く家に帰って寝たい。明日は何もしないぞ」というつぶやく声も入っていて、血気盛んな発言をする人たちが多い中、参加者によってその思いにはかなり違いがあるのを感じました。

撮影者たちも現場に通い詰めていたというか、ほぼ当事者として参加していましたが、誰を撮影できるか、撮影者には選択権はなく、対象者がNOと言えばそれまで。OKと言ってくれた人だけを撮影しています。自然の成り行きで撮影した結果ですから、ある意味、とてもリアルな感情でした。

外部の人は“デモ参加者は崇高な理想のために戦っている”などと想像しがちですが、参加者も普通の人間です。疲れたら眠くなるし、警察と対面すれば怖いと思う。映画を通じて、そういったことを伝えたかったのです。

──理大での籠城は、これまでの民主化運動の中でどういう位置づけになると思いますか。

香港には社会運動がいろいろありますが、理大の一件は結果が悲惨で、逮捕者も訴訟者も格段に多い。いろんな点で香港人にとって忘れられない事件で、その影響は想像を超えるものがあります。

例えば、社会運動をやる側には反省があったでしょうし、心の傷を負った人もいるでしょう。理大での時間を参加者と共有した者として、香港の社会運動史の中でいろんな人に大きなトラウマを残した大きな事件であると思います。

本作を観ることで、個人から集団、集団から社会の間でどのような齟齬があったのか。どのような相互作用が動いたのか。そういったところを知ることができると思います。

© Hong Kong Documentary Filmmakers

──理大の籠城から3年が経ちましたが、香港に日常生活は戻ってきていますか。今でも当時のことを思い出して、辛くなることはありますか。

3年が経ちましたが、運動が起きる前のような生活には戻れないと思います。今、香港でよく話題になるのは、移民するのか、しないのかということ。今の香港は香港市民に残るか、離れるかの決断を強いています。

理大に関する裁判も続いており、裁判所に行く人もいれば、判決が出て、何らかの処罰を受けた人もいる。私たちの中ではまだ終わっていないのです。気持ちの中では薄れてきた部分もありますが、むしろ心の奥に隠れている痛みとは今後、どのように向き合っていくのかが課題になっています。

国家安全維持法が施行されてから、デモ活動、表立った活動がほぼできなくなりました。自分の立場を示すことさえできません。

ドキュメンタリーの制作者としてはこれからも香港の状況を撮り続けていきたいと思いますが、民主化運動そのものが難しいので、どういう風に映画制作をしていくのか、どのような活動をしていくのかについては悩んでいるところです。

香港は深い霧の中にあります。しかし、誰かが何かしらやっていて、霧が晴れた頃には、それまでやってきたことが報われるし、仲間と会える日がくることを信じています。

© Hong Kong Documentary Filmmakers

──世界で初めて劇場公開されることとなった日本の観客に向けてひとことお願いします。

この映画を本来、見てほしいのは香港人です。ニュースでは見られない最前線の思いを伝えたかったというのが映画制作の目的でした。ところが、香港での上映機会はほとんどなく、外国での上映でしか、見ていただくことができません。

日本で上映していただけることはものすごく感謝しています。日本のみなさんには商業的な映画ではなく、香港で起こった歴史的事実として、その場に自分がいたらどうしたのかということを考えながら見ていただければと思います。

取材・文:堀木三紀/編集:M&A Online編集部

<作品概要>
2019年11月、香港では逃亡犯条例改正反対デモと香港当局の衝突が激化を極めていた。香港屈指の繁華街・尖沙咀にある香港理工大学を警官隊が包囲し、デモ隊と学生は要塞と化したキャンパスで、13日間に及ぶ籠城を余儀なくされた。警察は放水車、催涙弾を用い、場合によっては実弾も辞さないと警告した上で攻撃した。デモ隊たちは火炎瓶、弓矢等をもって抵抗し、キャンパス内には火の手が上がった。

完全に陸の孤島と化したキャンパスで、デモ隊は「残るか、去るか」の決断を迫られていく。個人情報と引き換えに投降を迫る警察に、暴動罪で逮捕されれば懲役10年を課せられる恐怖と、仲間を裏切る後ろめたさは、デモ隊の心をかき乱していく…。ロープを使い橋から飛び降り支援者のバイクに飛び乗って脱出する者、下水道から脱出する、最後まで大学に留まり戦い続けようとする者。

匿名の監督たちは、デモ隊と共に大学構内に留まり、カメラを回し続けた。デモ隊の顔は、防護マスクやモザイク処理によって隠されているが、カメラはその下にある憔悴や恐怖、葛藤をまざまざと映し出していく。

<作品データ>
『理大囲城(りだいいじょう)』
監督:香港ドキュメンタリー映画工作者
配給:Cinema Drifters・大福
原題:理大圍城
英題:Inside the Red Brick Wall
2020/香港/カラー/DCP/ステレオ/88分
(C) Hong Kong Documentary Filmmakers
公式HP:http://www.ridai-shonen.com/
2022年12月17日(土)よりポレポレ東中野他、全国ロードショー

理大囲城
© Hong Kong Documentary Filmmakers

NEXT STORY

アクセスランキング

【総合】よく読まれている記事ベスト5