人生の味わいはワインと同じ『戦地で⽣まれた奇跡のレバノンワイン』

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『戦地で⽣まれた奇跡のレバノンワイン』

戦争中もワインを造り続けた醸造家たちの不屈のドキュメンタリー

おいしいワインを飲むとき、人は幸せな顔をしている。ほんのりピンク色に上気した頬、好奇心に満ちた眼差し、笑みがこぼれる口元。生きることを楽しんでいる瞬間だ。

11月18日公開の映画『戦地で生まれた奇跡のレバノンワイン』は、戦争中もワインを造り続けたワイン醸造家たちの不屈のドキュメンタリー。原題は『WINE and WAR』(ワインと戦争)。対極にあるような2つのワードは、“創造と破壊”、“獲得と喪失”、“喜びと悲しみ”などの意味を内包している。

断続的な紛争に見舞われるレバノンで、ワイナリーのオーナーや醸造家たちは、なぜワインを造り続けるのか――。そこには、人生を味わうためのエッセンスがあふれんばかりに満ちていた。

<あらすじ>

映画の舞台は、古くから地中海の交易の中心のひとつであった中東の小国・レバノン。1975年から断続的に内戦や隣国との軍事衝突が続き、その不安定な情勢を報じられることが多く、最近ではカルロス・ゴーンの逃亡先として有名になったが、じつは知られざる世界最古のワイン産地の一つだ。

レバノンワインの起源は5千年前とも7千年前ともされ、現在も約50のワイナリーが点在する。レバノン南部では、2500年以上前のワイナリー遺跡も発見されている。

ドキュメンタリーの軸は、世界的に高い評価を受けているシャトー・ミュザールの2代目で「レバノンワインの父」と評されるセルジュ・ホシャールの語りとエピソード。ときおり挟み込まれる、戦争のアーカイブ映像の生々しさに衝撃を受ける。恐ろしい爆弾が次々と降り注ぐ戦場にあっても、ワインは製造され続けてきたのだ。

ホシャールをはじめ、戦争中もワインを造り続けてきた11のワイナリーのワイン醸造家たちや、レバノンワインと関係の深い小説家、評論家、考古学者らが登場し、戦禍のワイン造りを通して、人生哲学や幸福に生きる秘訣が語られる。

「飲み仲間になりたい」と感じるほど、人懐こく、愛嬌たっぷりの醸造家たち

じつを言うと、本作の視聴前は、“過酷な状況で、歯を食いしばってワインを造りにまい進してきた、鬼気迫る人物たちが登場するのだろう”と勝手に想像していた。……が、この予想は、気持ちいいほど覆される。

まず、あらすじでも紹介した、レバノンワインのレジェンド的存在、セルジュ・ホシャールの人懐こい表情と、ユーモアたっぷりの語り口に魅了され、あっという間にファンになってしまった。

セルジュ・ホシャール
セルジュ・ホシャール「レバノンワインの⽗」と呼ばれたシャトー・ ミュザールの 2 代⽬。

いや、ホシャールだけではない。どのワイナリーの醸造家たちも、みんな愛嬌があって、朗らかで、一緒に飲んだら楽しそうだなぁ、と思わずにいられない人たちばかり。

サンドロ&カリム・サーデ
サンドロ&カリム・サーデ シリア内戦の最中もワイン造りを続けた

彼らの表情を見ると、のんびりマイペースにワインを造ってきたように錯覚するが、事実は真逆だ。豊かなブドウ畑が広がるエリアの向こう側では、戦闘機が頻繁に飛び交い、戦火が燃え広がっている。彼らのだれもが、いつ命を落としてもおかしくないような極限の状況でワインを造り続けてきたのだ。

「戦争ではなく平和をもたらすために内戦中にワイン造りを始めた」と語る、修道院の神父。レバノンだけでなく内戦下のシリアにおいてもワイン造りを続ける兄弟。「自分で自分の身を守れるように」と11歳で銃の扱い方を教えられ、父の遺志とワイナリーを受け継ぐ女性。内戦中、虐殺が起こった故郷の村で、村の再起のためにワイナリーを続ける夫婦など、想像を絶する経験が明らかになっていく。

『⾷べて、祈って、恋をして』の著者が語るレバノンワインの魅力

本作には、個性豊かなワイナリーのオーナーや醸造家たちのほか、レバノンワインを愛してやまない小説家やジャーナリストも登場する。その一人が、映画化された著書『⾷べて、祈って、恋をして』で知られるアメリカのベストセラー作家、エリザベス・ギルバートだ。

エリザベス・ギルバート
『⾷べて、祈って、恋をして』の著者 エリザベス・ギルバート

彼女は2004年、人気雑誌『GQマガジン』でセルジュ・ホシャールについて執筆するため、取材でレバノンを訪れた。インタビューを通してホシャールの考え方や生き様に心を揺さぶられ、2014年にホシャールが他界するまで、友好関係を築いたという。

エリザベスがホシャールについて語るとき、敬愛の表情はもちろん、いたずらっ子との思い出を語るような、やさしい眼差しが印象的だ。

「ホシャールといっしょにワインを飲みながら、私が“この味は~”と感想を語ろうとすると、彼は“まだ早い。急ぐな”と止めるのよ。“ワインも⼈も同じ。ボトルが空になるまで判断を下してはならない”と」。

ワインで人々の心が通えば、世の中はきっと平和になる

ホシャールは、ワイン造りを語る上で、さまざまな名言を残している。

「ワインはじつに偉⼤な師だ。⼈々の⼼を通わせるのだからね。⼼が通えば平和になる。戦争はしない」
「爆弾が降り注ぐなか気づいた。⼈⽣もゆっくり味わうべきだと」

彼のことばには、ワイン醸造家としての誇りと情熱、戦争ごときに屈するものかという憤り、そして人生への強い執着があふれている。

作中に、「ワインとは、生命の奇跡だ」というホシャールのことばが出てくる。どんなに爆撃されても、戦火が続こうとも、何事もなかったようにブドウは実り、静かに熟し、やがて発酵を始める。

ワイン造りは、地球が醸し出す、このうえない奇跡だ。このような奇跡を前に、戦争や政治に左右され、心が支配される人生なんて、まるで意味をなさない。

ここまで書いたら、ワインがなぜ人を幸せにするのか、少しだけわかった気がした。

文:小川こころ(文筆家/文章スタジオ東京青猫ワークス代表)

<作品データ>
原題:『WINE and WAR』
監督:マーク・ジョンストン、マーク・ライアン
出演:セルジュ・ホシャール、マイケル・ブロードベント、ジャンシス・ロビンソン、エリザベス・ギルバート他
配給:ユナイテッドピープル
95 分/アメリカ/2020 年/ドキュメンタリー
2022年11⽉18⽇(⾦)アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー

『戦地で⽣まれた奇跡のレバノンワイン』

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