世界の巨壁に「単独」「無酸素」「未踏ルート」で挑み続け、クライミングの歴史にその名を刻み続けた日本人クライマー・山野井泰史。2021年には登山界のアカデミー賞といわれるピオレドール生涯功労賞を受賞しました。
世界の巨壁に「単独」「無酸素」「未踏ルート」で挑み、当時最強のクライマーと言われた彼の足跡をまとめたドキュメンタリー映画『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』が11月25日より全国で公開されます。
ナレーションは、山岳登山を描いた映画『エヴェレスト 神々の山嶺』に主演した岡田准一。監督はヒマラヤ山脈の登山経験があるジャーナリスト・武石浩明。長期にわたる取材を通して《極限の人》の実像に迫っていきます。
山野井泰史の「山への想い」が芽生えたのは子供の頃。10歳で無酸素でのエベレスト登頂の夢を記しています。高校生の頃になると、英雄的な登山家が次々と登頂失敗を繰り返すヒマラヤ山脈最後の難所といわれる“マカルー西壁”に魅入られていきます。
1990年代になると山野井は世界各地の難関を次々と踏破し、「新ルート」や「冬季初」といった快挙を続け、登山界に一気にその名を広めました。ちょうどその頃、9歳年上で、のちに妻となる妙子と出逢います。妙子は遭難し手足18本の指を失っていましたが、山野井は妙子を再び山へと誘います。
本格的に取材が始まった1996年。当時30代だった山野井泰史は “マカルー西壁”に単独で挑む究極の挑戦を始めます。山野井はこの時「踏破への自信」と「死への恐怖」が両方あると語っています。
妙子も途中まで付き添ったこの1996年の挑戦は最終的に「登頂断念」という結果に終わり、その後、山野井はスランプに陥ります。現状打破のため、並々ならぬ思いで山野井は2002年にヒマラヤ山脈のギャチュンカンに妻の妙子と共に挑みます。
山野井はギャチュンカンの頂(いただき)を極めたものの、下山中に悪天候に遭遇。一時的に視覚も失い、幻覚に襲われながら3日間かけて何とか下山しましした。しかし、その代償は大きく、山野井は凍傷で手足の指10本を失います。妻の妙子も同様に凍傷を負いました。
手指を欠損したことで、一時はクライミング自体から身を引くことを考えた山野井ですが、不屈の闘志で再びトレーニングを始めます。
手足の指がない状態でのクライミングは決して簡単なことではありません。それでも山野井は伊豆に未踏の岩壁を見つけ、そこを新たなトレーニング場とします。
一方でアクシデントも続きます。山野井はランニング中にクマに襲われ鼻を負傷。鼻呼吸が難しくなり、2011年にソロクライミングからの引退を決意します。それでも山野井はパートナーを探し、未踏の絶壁に挑み登攀(とうはん)に成功します。
映画の終盤で山野井は、ソロクライミングの「魔性の魅力」について語ります。劇中ではクライミングや山に魅入られた人々が数多く登場。命を落とした人々のことにも触れられていて、その中には山野井と深く関わった人たちもいます。
「そこに山があるから」というイギリス人登山家ジョージ・マロリーの有名な言葉がありますが、なかなかどうして凡人の私には理解しがたいというか、到達しがたい精神領域です。長年挑み続ける山野井泰史と世界のクライマーには驚かされるばかりです。
山野井は現在、オーバハング(尻振り)がきついイタリア・オルコ渓谷を攻略するために、トレーニングを続けています。
ちなみにこの『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』という映画は、TBSが新たに立ち上げたドキュメンタリー映画の新ブランド「TBS DOCS(ティービーエス ドックス)」の第1弾作品でもあります。12月16日には第2弾として、TBS特派員の須賀川拓(ひろし)が手掛けた『戦場記者』が公開予定です。
文:村松健太郎(映画文筆屋)
<作品データ>
語り:岡田准一
監督:武石浩明
撮影:沓澤安明 小嶌基史 土肥治朗
製作:TBSテレビ
配給:KADOKAWA
宣伝:KICCORIT
2022年/日本/109分/5.1ch/16:9
11月25日(金)より角川シネマ有楽町ほか全国公開
映画『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』公式サイト