リーマンショック以降、アメリカの金融市場を席巻した「高頻度取引(HFT)」の限界に挑み、通信速度0.001秒の短縮に命をかけた男達の実話を映画化。2018年にカナダで製作され、19年9月に日本で劇場公開された。
超高速回線と最新鋭のマシンを武器に、大量の金融取引を成立させる「高頻度取引(HFT;ミリ秒単位の高速で株の売買を行うシステム)」が台頭するアメリカ。どこよりも早く株取引を行うため、各企業は極限まで高速化された通信手段を求めていた。
トレーダーのヴィンセント(ジェシー・アイゼンバーグ)は従兄弟で天才的プログラマーのアントン(アレクサンダー・スカルスガルド)とともに、ニューヨーク証券取引所とカンザス州のデータセンターを一直線の専用回線でつなぐ”株取引勝率100%を実現する”プロジェクトを発案した。実現すれば往復する通信速度を0.016秒へ短縮。年間5億ドルの収益が見込めるとし、投資家から巨額の資金を引き出した。
かくして、ハミングバード(ハチドリ)の羽ばたき1回分の通信速度を短縮させるプロジェクトはスタートした。
一直線に光ファイバーを通す直径10cmのパイプを敷くため、ヴィンセントは道中の地主約1万人から土地の買い上げを開始。国立公園の貫通には投資家の伝手で政治的にアプローチ、土地の買収に同意しない牧場主には非合法スレスレの強硬手段をとり、トラブルはありながらも着々と工事を進行させていく。その頃コードの修正を繰り返していたアントンもまた、0.016秒の実現にこぎ着けていた。
しかしある日、ヴィンセントが体調不良を訴え、それが胃がんによるものと判明。また二人の元上司であるエヴァ(サルマ・ハエック)の妨害により、アントンがFBIに逮捕されてしまう。
さらにエヴァは、ヴィンセントたちが掘り進むルートの上に電波塔を設置。最新技術の無線通信により、ヴィンセントたちよりも遥かに早い0.011秒の通信速度を実現していた。
当時アメリカの金融業界を席巻していた高頻度取引は、わずか1ミリ秒(0.001秒)の速度の差で多くの利益を生んでいた。荒唐無稽に思われるヴィンセントの計画も、投資家からすれば他の投資家を出し抜けるビッグチャンス。実現不可能とも思われる計画に大金をポンと出資するあたりは、さすがアメリカと思わせる。
一方で敗者として描かれたヴィンセントだけでなく、この高頻度取引競争の裏には多くの投資家や証券会社の敗北があったことも想像に難くない。今回は勝者となったエヴァだが、高頻度取引の技術はこの後もさらに発展する。電波塔設備への投資が回収できたかは定かでは無い。
金脈を目指し、いたちごっこを繰り返す彼らの姿は、19世紀のゴールドラッシュそのもの。その一方で、多くの敗者と犠牲者を出していく様は、アメリカンドリームの影の一面ともいえるだろう。
エヴァとの速度競争に敗れ、すべてを失ったヴィンセント。ガンに蝕まれ余命幾ばくも無い彼の人生を憐れむ人も多いだろう。しかし最後に牧場主の元を訪れ、和解を果たしたヴィンセント。結果的に財産は失ったが、彼は穏やかな心と人間性を取り戻した。
ずっとヴィンセントを支えてきたビジネスパートナーのマークは、最後に「大事なのは目的地ではない。出会う人々や教訓だ」という言葉を残した。結果ばかりを求められる現代人にとって、人生とは何なのか。ヴィンセントの姿を通し、今一度考えてみたい。
文:M&A Online編集部
作品データ
原題:The Hummingbird Project
邦題:ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち
2019年・カナダ・111分