トップ > ビジネスと経済 > 政治・経済 >BASFとバイエルによる農薬・種子業界の玉突き再編 背景に研究開発費負担の重さ

BASFとバイエルによる農薬・種子業界の玉突き再編 背景に研究開発費負担の重さ

※この記事は公開から1年以上経っています。
alt

BASFとバイエルによる農薬・種子業界玉突き再編

両社の思惑と実情は

医薬・農薬大手の独バイエルは10月13日、欧州化学最大手の独BASFに農薬・種子事業の一部を59億ユーロ(約7800億円)で売却すると発表した。

バイエルは遺伝子組み換え種子最大手の米モンサントの買収を2016年9月に合意しているが、独占禁止の問題からEU当局の承認が遅れて足踏み状態が続き、部分的な事業売却が噂されていた。

今回の売却の対象となるのは、非選択性除草剤のグローバル事業と、インドと南米を除く綿、北米・欧州の菜種・大豆などの種子事業。同事業売上高の約13%(2016年)の切り離しに相当する。バイエルが2018年初めとしているモンサント買収の完了を前提に、18年3月までに手続きを終える。

業界再編に取り残される恐怖を抱えるBASF

再編が進む農薬・種子業界だが、背景には、世界の食糧需要拡大に伴う研究開発費負担の重さに頭を抱える企業の実態がある。すなわち、アジア・アフリカの人口増加に伴い都市化が進む一方で、地球上の農地はその分減少。食料需要の拡大と同時に、農業生産の効率化が迫られている。

効率化な生産のための農薬や種子の需要は一段と増加しているが、化学農薬では画期的な新製品が生まれにくいうえに、環境汚染対策のため安全規制も厳格化している。その結果、企業の研究開発投資負担は年々膨らみ続けている。

A.T.カーニーのデータによると、同市場でモンサントは15%、バイエルは12%のシェアを握っており、合併すれば業界首位として圧倒的な立場を固める。BASFは世界で7%のシェアを占めるが、ライバル勢による業界再編の動きが実現すれば大手の一角から外れ2番手に甘んじる恐れを抱えていた。

バイエルのモンサント買収に端を発した今回の「玉突き」的業界再編は、多くの海外メディアが取り上げている。各紙の論調は、次の3タイプにほぼ集約される。

■同国会社と手を結び停滞を解消、BASFは第4極をめざす

-米ブルームバーグ

研究開発と製品供給の効率化をめざし、農薬・種子業界では大型のM&Aが相次ぎ再編が進んでいる。米ダウ・ケミカルは米デュポンと統合し、9月にはダウ・デュポンが誕生。スイスのシンジェンタは6月に中国化工集団(ケムチャイナ)の傘下に入った。バイエルによるモンサントの買収が決まれば「ビッグ3」に集約され寡占化が進行する。

これまで一貫した単独行動で動向を静観してきたBASFだが、今回の巨額投資は、「ビッグ3」に対抗し「第4極」となるための足がかりとなる。農家への種子提供ができない唯一の農業会社となってしまうリスクも払しょくされる。キーとなったのは、バイエルという「同じドイツの2社間の文化的相性だ」と同社取締役会会長のDr. クルト・ボック氏は語っている。

一方、バイエルにとっても利益は大きい。EUの不正競争防止当局は、同社のモンサント買収に本格的な調査をかけており、バイエルにとっては「時が止められた」”Stopped Clock”状態に等しい。事態を前に進めるためには、資産を一部切り売りすることが避けられない状態だった。今回の事業切り離しで承認が視野に入ると同社は期待している。

■欧州の農家や環境保護者からの猛反発。BASFは新天地を米大陸に求める

-独ドイチェ・ヴェレ(DW)

ドイツの国際公共放送であるドイチェ・ヴェレ(DW)は、伏線として、バイエルのモンサント買収がドイツ国内で引き起こした大規模な抗議運動を、"Marriage of death"というタイトルで伝えている。この反対は、2つの理由によるもの。

1点目は、市場の寡占化により、農薬や種子の買い手である農家が不利益を被る懸念から。2点目は、非選択性除草剤(主成分グリホサート)が米モンサントを経てヨーロッパで広く使用されることに対する、環境面からの反対である。

注:フランスのル・モンド紙はじめヨーロッパでは、グリホサートが有する発がん性の危険を広く報じている。

同紙は農業科学者ミハエル・ロヴェラ氏のコメントで記事を締めくくっている。「モンサント買収は、経済的にも倫理的にも道徳的にも死を意味する」。

バイエルと同じくドイツに本社を構えるBASFだが、上記の理由によりヨーロッパでの遺伝子組み換え作物は規制も風当たりも強く、市場拡大は容易ではない。しかし今後米モンサントの力を得れば、南北両アメリカ大陸での遺伝子組み換え種子ビジネスに活路を見出すことが可能となる。

■バイエルの事業一部売却は、両社にとって”win-win”

-英フィナンシャルタイムズ紙

バイエルの農薬種子事業の16年の売上高99億ユーロに対し、BASFの同事業は56億ユーロ。バイエルから買収する一部事業を単純合算すれば69億ユーロとなる。BASF関係者は、今回取得する事業が高い成長性と強い収益力を備えており、「BAFのポートフォリオの柱である健全な農薬事業の強化につながる」とコメントした。

また「BASFは種子ビジネスを有していない以上、この取引が当局の規制を受けることはありえない。」と明言。切り離しの実施により、バイエルーモンサントの取引承認も間違いなく、これに続き直ちに承認を得られるだろうと、いわば「玉突き承認」への期待を示した。

世界から取り残される日本企業

農薬・種子業界はM&Aを繰り返した結果、現在の世界トップ3(モンサント、デュポン、シンジェンタ)の年間売上高(種子関連事業)は、1兆円を超える。一方、国内では住友化学<4005>が約3000億円、サカタのタネ<1377>が約600億円と、事業規模に大きな開きがあり、世界から後れを取っている。

世界の農薬・種子企業の売上高(2015年、単位:百万米ドル)

アメリカ合衆国農務省(USDA)Mergers and Competition in Seed and Agricultural Chemical Marketsより

翻訳・文:Yuu Yamanaka/編集:M&A Online編集部

<参照URL>
https://www.bloomberg.com/
http://www.dw.com/en/
https://www.ft.com/content/

NEXT STORY

アクセスランキング

【総合】よく読まれている記事ベスト5