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一神教と疫病とコーポレートファイナンスⅥ|間違いだらけのコーポレートガバナンス(17)

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中世欧州がユダヤ教徒にとってどれだけ危険な場所だったか

余談になるが、この「ユダヤ教徒のリスク管理」についてもう少し触れたい。筆者もそうだが基本的に一神教と無縁の日本人にとって、この圧倒的マジョリティのキリスト教徒の中で暮らす少数派のユダヤ教徒の環境というものがどれだけハイリスクだったか、なかなか想像しがたい。そこで、この背景をもう少し深堀りしておこう。

キリスト教がローマの国教になったのは392年だ。そして、ユダヤ教にとって聖書とならぶ聖典である「バビロニアタルムード」が中世欧州のユダヤ教社会の中で最終的に固まったのは約100年後の490年ごろとされる。ユダヤ教徒のラビ達が、口伝律法として伝わってきたものを吟味し、現実社会への応用を目指して数百年にわたって議論を重ねてまとめられたのがタルムードである。

欧州のユダヤ教徒は、キリスト教の脅威が高まり続けた100年間で聖書(タナハ)と移動民族(ディアスポラの民)としての歴史をさらに深く紐解き解釈して、アイデンティティーを昇華させていった。

そして、ジャック・アタリ氏の著書「ユダヤ人~世界と貨幣~」によれば、タルムードの著者となったラビたちは、ユダヤ教徒社会における権威であり、しばしば経済の専門家であった。その知識は稀なほどの理論的専門性を持ち、近代経済理論にさえ通じる要素を持ち合わせていたという。超過利潤、価格決定メカニズムなど、今日のミクロ経済学に通じるような概念がすでに議論されているという。

筆者はキリスト教がローマの国教にならなければ、バビロニアタルムードは生まれていなかったかもしれないと思う。バビロニアタルムードがなければ、近代資本主義の萌芽となる金融的な知見が後世に体系的な形で伝えられることもなかったかもしれない。

欧州に渡ったディアスポラの民と、布教のために欧州に渡ったキリスト教徒。このコラムで何度も触れているこの両者の運命的な邂逅(かいこう)がなければ、経済社会は今日の姿ではなかったのではないかとさえ感じる。

例えば欧州以外の地、アフリカやアジアに散ったディアスポラの民は、多くの地域で時間をかけて受け入れられ、溶け込んで同化し、そして徐々にユダヤ人としてのアイデンティティーを薄めていった。欧州のユダヤ教徒はキリスト教の脅威にさらされ続けたが故に、自らのアイデンティティーを確固たるものとして確立する必要性に迫られた。

本題に戻り結論を述べよう。筆者は本稿で述べたような観点から、「清貧なキリスト教徒は貸付と金利を否定して金融業は営まなかったが、強欲なユダヤ人が金融業でキリスト教徒を搾取した」というような通説・俗説は、欧州の歴史に意図的に刻まれた重大なフェイク(偽り)のひとつだと考えている。

ユダヤ教徒を「受け入れて利用」し、「追放」したスペイン王国

筆者の知り得る限り、事実はむしろ全く逆だ。中世欧州のキリスト教社会はユダヤ教徒の知恵や専門性、そしてその資産(金融資産もそれ以外も)を巧みに利用して搾取し、そして追放した。中世欧州で繰り返されたこの不幸なサイクルが、その歴史において最も劇的に、そして鮮明に刻まれている国がスペインだ。

そして、その不幸のサイクルの加速器として、紀元以降最悪の疫病のひとつ「ペスト」の存在がある。次回からスペインの栄光と挫折に翻弄された、スペインのユダヤ教徒の劇的な歴史について書いてみたい。

中世スペインでユダヤ人は「利用」され「追放」された(Photo by DMCA

(この稿つづく)

文:西澤 龍(イグナイトキャピタルパートナーズ 代表取締役)

西澤 龍 (にしざわ・りゅう)

IGNiTE CAPITAL PARTNERS株式会社 (イグナイトキャピタルパートナーズ株式会社)代表取締役/パートナー

投資ファンド運営会社において、不動産投資ファンド運営業務等を経て、GMDコーポレートファイナンス(現KPMG FAS)に参画。 M&Aアドバイザリー業務に従事。その後、JAFCO事業投資本部にて、マネジメントバイアウト(MBO)投資業務に従事。投資案件発掘活動、買収・売却や、投資先の株式公開支援に携わる。そののち、IBMビジネスコンサルティングサービス(IBCS 現在IBMに統合)に参画し、事業ポートフォリオ戦略立案、ベンチャー設立支援等、コーポレートファイナンス領域を中心にプロジェクトに参画。2013年にIGNiTE設立。ファイナンシャルアドバイザリー業務に加え、自己資金によるベンチャー投資を推進。

横浜国立大学経済学部国際経済学科卒業(マクロ経済政策、国際経済論)
公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員 CMA®、日本ファイナンス学会会員

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ignite.info@ignitepartners.jp


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2020/08/09

スペインに渡ったユダヤ教徒たちは、どのようにして経済的に自立し、定住したのか。そして、どのような経緯で、金融の発展に関わっていくことになるのか。今回から本題となるユダヤ教徒と企業金融(コーポレートファイナンス)の歴史について触れていきたい。