山口銀行にも歴史を感じさせる建造物がある。現在は山口県指定有形文化財となり、やまぎん史料館として一般公開されている山口銀行の旧本店。1920年に三井銀行下関支店として、建築設計家の長野宇平治の設計監督によって建築された。1933年に百十銀行の本店となり、1944年には創立された山口銀行の本店となった。
山口銀行が本店社屋を新築して移転して以降、山口銀行旧本店は同行の観音崎支店となり、その後、山口銀行別館として行内の会議や集会などに使われた...
「都道府県魅力度ランキング」では6年連続最下位で、一見するとパッとしない茨城県。常陽銀行は、その茨城県内のトップ地銀として圧倒的な存在感を持つ。その特徴は十分には伝わっていないが、沿革・歴史を見ると豪快ともいえるM&Aを繰り返してきた。
全国の地銀には通称“ナンバーバンク”と呼ばれる金融機関がある。新潟の第四銀行、長野の八十二銀行、岐阜の十六銀行、三重の百五銀行、香川の百十四銀行、長崎の十八銀行、そして明治11年、宮城で営業を開始した第七十七国立銀行が源流の七十七銀行だ。
日本各地の「地銀」のルーツをたどってみよう。そのM&A―合従連衡の歴史をひも解けば、銀行や金融経済の成り立ち、日本の伝統産業、商業の集積の移り変わりなども見えてくる。第1回は「北海道」。北の大地には、北海道銀行と呼ばれる組織が2つあった。