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もしも家族が「安楽死」を望んだら? 映画『すべてうまくいきますように』

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© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

「自分らしい死」をめぐる、父と娘の葛藤を描く話題作

私たちは、自由に安心して「生きる権利」をもっている。そんなの当たり前だよ、とだれもが言うだろう。ではあなたは、自由に安心して「死ぬ権利」はある、と考えるだろうか。

「安楽死」という深刻でセンシティブなテーマを描いたフランス・ベルギー映画『すべてうまくいきますように』が2月3日(金)に全国公開される。主演のエマニュエルをつとめるのは、ソフィー・マルソー。1980年の映画『ラ・ブーム』で世界的なスーパーアイドルとなり、今なお愛され続けるフランスの国民的俳優だ。

監督は、『まぼろし』や『8人の女たち』などで知られるフランス映画界の名匠、フランソワ・オゾン。脚本家エマニュエル・ベルンエイムの自伝的小説をベースに、安楽死を望む父とその娘たちの葛藤を涙とユーモアとサスペンスたっぷりに描いた作品だ。

<あらすじ>

小説家のエマニュエルは、85歳の父アンドレが脳卒中で倒れたという報せを受け、病院へと駆けつける。意識を取り戻した父は、麻痺が残って身体の自由がきかないという現実が受け入れられず、人生を終わらせるのを手伝ってほしいとエマニュエルに頼む。

実業家としてひと財産築いた父は、芸術や美食を楽しみ、ユーモアと好奇心にあふれ、何より生きることを愛していた。そんな父がベッドにだらんと横たわり「もう私ではない」「こんな姿で生きていたくない」と懇願する姿に、エマニュエルはショックを受ける。

どんな言葉をかけても父の意思は変わることがない。エマニュエルは妹のパスカルと協力し合い、父の気が変わることを望みながらも合法的に安楽死を支援しているスイスの協会とコンタクトをとる。

一方でリハビリが功を奏し、日に日に回復する父は、孫の演奏会やお気に入りのレストランへ出かけ、生きる喜びを取り戻したかのように見えた。だが、父はまるで楽しい旅行の日を決めるかのように娘たちにその日を告げる――。

「安楽死」には、目的や方法によってさまざまな種類・考え方がある

安楽死の定義や言葉の意味にはいくつかの種類があるらしい。筆者は専門家ではないが、日本の医療機関や緩和ケア専門医に取材した内容をもとに、自分なりに「安楽死」の種類をまとめてみた。

積極的安楽死 医師などが患者の依頼によって直接的に致死薬を投与し、苦痛を取り除くことを目的に、死に至らしめる。患者が「自由に死ぬ権利」を行使するもの。日本では合法化されていない。

医療的な自殺ほう助 患者の依頼により、医師が致死薬を処方。苦痛を取り除く目的で、その薬を患者が自ら服用(投与)し、命を絶つ。「積極的安楽死」と同様に、患者が「自由に死ぬ権利」を行使するもの。日本では合法化されていない。

消極的安楽死尊厳死ともよばれる) 医師などが患者の意思を尊重し、苦痛を長引かせないことを目的に、延命治療を中止または継続せず、自然な最期を迎えること。事例によってさまざまな解釈があり、明確な定義は難しい。日本の医療現場でも実施されている。

緩和ケア 終末期を迎えた患者が「余生をよりよく生きる」「自分らしく生きる」ことをサポートするため、鎮静*などの手段で、自然な最期を迎えるためのケア。日本の医療現場でも実施されている。
*「鎮静」とは、苦痛緩和のために最小限の薬物を投与し、患者の意識を低下させること

2019年6月、NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」という番組が放映された。新潟に住んでいる難病の日本人女性が強い信念のもと、スイスに渡航して「自殺ほう助」による安楽死を遂げたドキュメンタリーは、大きな話題となった。

また2022年9月、「フランス映画界の巨匠・ジャン=リュック・ゴダール監督(91歳)が、スイスの自宅で自殺ほう助により死去した」というニュースが飛びこんだ。ゴダール監督もまた、日常生活に支障をきたす複数の病気を患っており、人生に自ら終止符を打つことを選んだという。

スイスをはじめ世界各国で「自殺ほう助」が合法化されている

映画『すべてうまくいきますように』の中で、「自分の手で人生の終止符を打ちたい」という父の願いを叶えるため、娘のエマニュエルはスイスにある安楽死の支援協会に相談し、準備を進めていく。

しかし、計画通りにはなかなか進まない。父娘の前には、愛情や倫理、宗教、法律など、さまざまな観点から安楽死を止めさせようとする反対者たちが立ちはだかる。フランスも日本と同様、安楽死が認められていないのだ。

スイスでは「治る見込みのない病気」「耐え難い苦痛や障害がある」「健全な判断能力を有する」など、一定の条件のもとで自殺ほう助が合法化されている。希望者の多くは、がんなどの重い病気に罹患している人たちだ。スイス国内では、自殺ほう助による死者数が年々増加し、現在は年間1500人を超えるという。

世界では現在、スイスのほか、スペイン、オランダ、ルクセンブルク、ベルギー、カナダ、コロンビア、イタリア、アメリカの一部の州など、10か国を超える国々で、自殺ほう助が認められている。

「人生の終い方」に不安がなくなると、生命力がアップする

病に倒れた当初は「終わらせてほしい」「もういやだ」と、ネガティブな言葉ばかりを発していた父アンドレだったが、最期を迎える“決行日”が確定すると、みるみるうちに元気になり、表情が明るくなっていく。

リハビリが功を奏しているのはもちろんだが、人生の終い方に不安がなくなり、自身でコントロールしているという安心感が生命力アップにつながっているのだろう。病院から外出してレストランの食事を堪能したり、懐かしい友人と面会したり、さらには「孫の演奏会に出席したいから、“決行日”を先延ばしにしたい」と言い出したのだ。

その様子を見て、娘たちは「パパ、生きる気力が戻ったのね!」と喜ぶ。しかし父は、やりたいことをやり終えると「スイスには、この日に行きたい」と、すぐに新たな“決行日”を決めてしまった。どこまでも自分勝手で厚かましい父に、娘たちは泣いたり呆れたり、思いっきり振り回されながら、その信念を受けとめようとする。

映画の中には、ブルー系のニットやマフラー、ブルーに彩られた建物や壁、美しい海など、たくさんのブルーが登場し、静かで穏やかな水の中で自分の死生観とじっくり向き合っているような気分になる。

果たして自分がアンドレのように身体の自由を奪われ、言葉を発するのもままならない状態になったとき、スイスに行って「自分で人生を終わらせたい」と望むだろうか。

「自分らしく死ぬ」ってどういうこと?
「自分らしく生きる」とはどう違うの?

映画を観終わってもずっと、その答えは出ないままだ。

しかし、これだけははっきり言える。自分が人生の終わりを迎えるなら、アンドレのように最期までユーモアや笑いを漂わせていられるような存在でいたい、と。そのためにどうしたらいいのか、これからゆっくり考えていこう。

文:小川こころ(文章スタジオ東京青猫ワークス代表)

<作品データ>
『すべてうまくいきますように』
監督・脚本:フランソワ・オゾン(『ぼくを葬る』『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』)
出演:ソフィー・マルソー アンドレ・デュソリエ ジェラルディーヌ・ペラス シャーロット・ランプリング ハンナ・シグラ エリック・カラヴァカ グレゴリー・ガドゥボワ
配給:キノフィルムズ/提供:木下グループ/配給:キノフィルムズ
公式 HP:ewf-movie.jp
021│フランス・ベルギー│フランス語・ドイツ語・英語│113 分│カラー│アメリカンビスタ│5.1ch│原題:Tout s'est bien passé│字幕翻訳:松浦美奈│映倫区分:G
© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
2/3(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamura ル・シネマ 他公開

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