ノアール、ミルク、抹茶、京番茶、ゆず、焦がしきな粉、リッチベリー、アップルティ……。上質なカカオにフレーバー豊かな食材を詰めこんだ、「QUONテリーヌ」とよばれるチョコレートたち。いま、デパートのイベントなどで引っ張りだこのお菓子だ。
この商品をつくっているのは、「久遠(くおん)チョコレート」代表の夏目浩次さんと、約570人のスタッフたち。スタッフのうち6割は、身体や心に障がいがある。ほかにも子育てや介護中、シングルペアレント、セクシュアルマイノリティ、引きこもり経験者など、多様なバックグラウンドを持つ人たちが働いている。
福祉と経済、生きがいと生産性、さまざまな人と共に働くよろこびと、その難しさ……。2023年1月2日公開の映画『チョコレートな人々』は、理想を追い求めるチョコレートブランドがもがき続けた19年のドキュメンタリーである。
愛知県豊橋市の商店街に本店を構える「久遠チョコレート」。看板商品の「QUON テリーヌ」は、なんと150種類以上。ツヤだしの植物性油脂などは使用せず、カカオだけでじっくり仕上げる。
2014年の開業から、わずか8年で全国52拠点、年商16億円(2021年度)まで成長した。従業員約570人のうち、6割が身体や心に障がいがある。
「多様な人たちが働きやすく、きちんと稼ぐことができる世の中にしたい」。
代表の夏目浩次さんは、障がい者雇用の促進と低工賃からの脱却を目指している。チョコレートなどを製造する豊橋工場では、愛知県の最低賃金である時給955 円を超えている。
今でこそ、話題のチョコレートブランドとして注目されているが、ここまでの道のりは、山あり谷あり、試練や困難の連続だった。
はじまりは 2003 年、26 歳の夏目さんが、 障害のある従業員を含む6人ではじめた、豊橋市の小さなパン屋。それからさまざまな事業を展開して10年、トップショコラティエの野口和男さんとの出会いが転機となった。
「チョコレートは失敗しても、温めれば、作り直すことができる」。
アイディア次第で付加価値が高まる魔法の食材、チョコレート。多様な人たちと共に働いていくための夢の扉が見えた。こうして、甘くて苦くてカラフルなチョコレートブランドの凸凹な物語がはじまった。
夏目さんは当初、チョコレート店でなく、パン屋を開業していたという。なぜパンでは上手くいかず、チョコレート店は軌道に乗ったのか。
その答えを映画の中で知り、なるほど…と納得した。パンは、手間がかかる割に利益が薄い。その上、その日のうちに売り切れなければ廃棄しなければならない。高温で作業をするリスクもあり、スタッフがオーブンでやけどをすることもしばしばだった。
「チョコレートは難しくて、扱えない」と思いこんでいた夏目さんに、トップショコラティエの野口和男さんはこう言った。
「確かに、トップショコラティエなら、いろんなことが一人でできないといけない。でも、よくばらないで一人がひとつ、プロになればいい」。
そこで夏目さんは、チョコレートを作る複雑な作業工程を細かく分けることにした。
たとえば、こだわりと集中力が肝心な、カカオを溶かして練る「テンパリング」。手先の器用さが求められる、フルーツの「カット」や商品の「ラッピング」。こうやって担当作業を分けることで、スタッフたちが無理することなく、それぞれの特性を活かすことができる。すばらしいアイディアだった。
夏目さんには、絶対に忘れられない、子ども時代のできごとがある。小学2年生のころ、同じクラスのダウン症の男の子を面白半分でいじめてしまった。3年生に上がると、その子は学校に来なくなった。大人になってから、彼が授産所(心や身体に障がいがある人に生活や作業の指導をすることで自立を支援する施設)に行ったと聞いた。
「お母さんの想いもあって、地域の学校に行くっていう選択をしたのに、そういうことをしちゃったっていうのは……」。小学校時代のアルバムを見つめ、ことばを絞り出すように話す夏目さん。静かな肩の震えとともに、ずっと抱えてきた悔恨の想いがひしひしと伝わる。
いや、他人ごとではない。私自身も、これまで心身に障がいのある人と出会う機会は何度もあったが、どう接するのかいいかわからず、戸惑うことも多かった。私の言動や対応に、疑問や違和感をおぼえたり、傷ついたりした人もいたのではないか。夏目さんの抱えてきた忸怩たる思いは、私の中にもあることを気づかされた。
この映画の最大の見どころは、優しくて一生懸命で、愛おしい、魅力たっぷりの登場人物たちだ。
神戸店に勤務する加藤大輔さんは、大学1年生のときに、くも膜下出血で救急搬送された。一命を取り留めたが、左片まひが残った。友人に会うのもつらく、失踪事件を起こしたことも。「自分が何もできないと決めつけていた」とふり返る加藤さん。だが、神戸店のレジ担当を任され、最初はぎこちなかった表情が、少しずつ、伸び伸びと晴れやかな笑顔に変化していく。
重い知的障がいとダウン症を抱える荒木啓暢(よしのぶ)さんは、チョコレートに混ぜるお茶やフルーツを加工する「パウダーラボ」で働いている。自宅からラボまで片道30分以上の道のりを、毎日歩いて通う。働き始めて1か月後、啓暢さんは初めて給料を受け取った。1日5時間の勤務で、月給は約5万円。
従業員一人ひとりに給料を手渡し、夏目さんは言う。
「時間給450円。ぼくはまったく満足していません。ただ、無理はしません、無理をさせることもしません。みんなの時間軸で一歩一歩みんなでもがいていけたら」。
あきらめず、理想に向かってもがいていく。
失敗したって、温めれば、何度でもやり直せる。
凸凹で多様な生き方や考え方の人が集まっているからこそ、おもしろい発想が生まれ、社会は豊かになっていくのだ。
文:小川こころ(文章スタジオ東京青猫ワークス代表)
<作品データ>
チョコレートな人々
ナレーション:宮本信子|プロデューサー:阿武野勝彦
音楽:本多俊之|音楽プロデューサー:岡田こずえ
撮影:中根芳樹 板谷達男|音声:横山勝|音響効果:久保田吉根 宿野祐
編集:奥田繁|監督:鈴木祐司
製作・配給:東海テレビ|配給協力:東風
2022年/102分/日本/ドキュメンタリー
公式WEBサイト: https://tokaidoc.com/choco/