「インドの鉄人 世界をのみ込んだ最後の買収劇」|編集部おすすめの1冊

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数あるビジネス書や経済小説の中から、M&A編集部がおすすめの1冊をピックアップ。M&Aに関するものはもちろん、日々の仕事術や経済ニュースを読み解く知識として役立つ本を紹介する。

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『インドの鉄人』世界をのみ込んだ最後の買収劇

2006年6月に歴史的合意に達した、ミッタル・スチール(オランダ)とアルセロール(ルクセンブルク)の経営統合の舞台裏を明かすドキュメンタリーだ。両社の合併により誕生したアルセロール・ミッタル(ルクセンブルク)は、2018年の粗鋼生産量が9642万トンと世界最大の鉄鋼メーカーとなった。

インドの鉄人

本書はアルセロールとの合併で世界最大の鉄鋼メーカーを目指すミッタル経営陣と、それ回避すべくロシアの大手鉄鋼メーカーであるセベリスタリとの経営統合を模索するアルセロール経営陣の攻防戦を描く。

ミッタルのラクシュミ・ミッタル会長兼最高経営責任者(CEO)は「巨大な多国籍企業が異なる市場や需要にあわせたさまざまな製品をつくることは、完全に普通のこと」と主張する「スケール重視」の経営者。一方、アルセロールのギー・ドレCEOは「アルセロールは量より価値がモットー」と公言して憚(はばか)らない「クオリティー重視」の経営者。当然、意見が合うはずもない。

しかし、アルセロールも過剰生産による「鉄冷え」が繰り返される鉄鋼市場で、生産シェアを維持することが生き残りの条件であることは承知している。そこでミッタルに飲み込まれるよりも、経営統合で主導権を握ることができるセベリスタリとの交渉を進めるが、事は簡単には進まなかった。

ミッタルCEOは「巨人同士の合併が最も合理的だ」と投資家に説き、アルセロールの株主や利害関係者に揺さぶりをかける。アルセロールが「頼みの綱」とするセベリスタリはプーチン政権との距離が近すぎるとして、社内外から猛反発をくらう。

金融業界ではミッタルによるアルセロール買収の観測が高まると、それぞれの思惑から交渉に関与する。巨大合併だけに政治家も首を突っ込み、交渉は複雑さを増す。ミッタルCEOは巧みな交渉と広報戦略で、アルセロールの外堀を埋め、そして内堀を埋めていく。

最後は合併後の本社所在地や社名(ミッタルCEOは新社名に「ミッタル・アルセロール」を主張していた)で妥協し、アルセロール経営陣に厚遇を約束して「本丸」を落とす。ミッタルとの経営統合に土壇場まで抵抗するギー・ドレCEOに、場の空気を読んだPRアドバイザーが戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」の名セリフ「おお、剣士の誇りをいまは捨てなさい。富と栄光が待っているだから」と吟じ、アルセロール幹部たちが喝采する場面は圧巻だ。

本書は鉄鋼業界の状況よりも、事実上の買収だった合併交渉の裏側に潜む人間模様を描いている。鉄鋼業界とは無縁の人でも楽しめる一冊だ。(2010年2月発売)

文:M&A Online編集部

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