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【足利銀行】唯一無二だからこそのフェニックス|ご当地銀行の合従連衡史

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蔵の街・栃木。栃木の金融は栃木市から足利市、県南部で発展してきた(つきのさばく/photoAC)

 生まれも育ちも「足利銀行」

地銀の歴史を振り返るとき、多くは「明治期の国立銀行に端を発した」とか「県内有力私立銀行が昭和初期の一県一行主義のなかで大合同して誕生した」といったケースが多い。ところが、足利銀行の場合はそのようなことはなく、1895年に足利銀行として誕生し、現在も足利銀行として存立する。いわば、「生まれも育ちも足利銀行」なのである。

その歴史を振り返っておこう。同行ホームページの沿革を見ると、「1895年10月に栃木県足利町にて営業開始。1914年5月には東京支店を開設。1944年3月には下毛貯蓄銀行を買収し、栃木県内1行体制となる。そして、2003年11月に特別危機管理の開始が決定された」といったことが記述されている。ちなみに、本店を県都・宇都宮市に移転したのは1967年。

明治・大正・昭和にかけて、多くの地方有力銀行がM&Aを重ね覇権を拡大してきたが、そのことに関しては「1920年2月に佐野銀行の合併したあと、1944年までに栃木・埼玉両県下の5行を合併し、12行を買収している」といった記述があるだけだ。

では、その20余年のなかで、どのようなM&Aを繰り広げてきたのか。その内容を合併と買収に分けて、下表に示した。

〇足利銀行と合併した金融機関(数字は合併年)

1 宇都宮商業銀行 1924年
2 小山銀行 1925年
3 葛生銀行 1925年
4 羽生銀行 1927年
5 栃木農商銀行 1936年

〇足利銀行が買収した金融機関(数字は買収年)

1 深谷商業銀行 1928年
2 栃木倉庫銀行 1930年
3 鹿沼興業銀行 1933年
4 烏山銀行 1935年
5 益子銀行 1936年
6 久下田銀行 1936年
7 黒羽銀行 1936年
8 黒羽商業銀行 1937年
9 祖母井銀行 1937年
10 那須商業銀行 1938年
11 茂木銀行 1938年
12 下毛貯蓄銀行 1944年

「生まれも育ちも足利銀行」だが、悠々と泳いでいるかに見えて、水面下では華々しく水かきを漕ぎ急ぎ、県内また埼玉県北部に覇権を広げていたことが見てとれる。

また、こうした経緯を見ると、栃木県の金融は現在の県都・宇都宮市より日本最古の学校とされる足利学校があり、織物を主産業としてきた街・足利や蔵の街と知られる商都・栃木など、県南の伝統的な商業都市を結ぶ一体で発展してきたようである。

実際に宇都宮市が栃木県の県庁所在地となったのも、明治期に入って廃藩置県が進み、南の栃木県と北の宇都宮県が合併した明治17年、1884年のことである。それまでは栃木市が県勢としては優位だったようだ。

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