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【足利銀行】唯一無二だからこそのフェニックス|ご当地銀行の合従連衡史

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蔵の街・栃木。栃木の金融は栃木市から足利市、県南部で発展してきた(つきのさばく/photoAC)

 「特別危機管理」という名の一時国有化

文化遺産ともなっている旧足利銀行栃木支店(skyyokohma / PIXTA)

 足利銀行には2003年11月に特別危機管理の開始が決定された。いわば、破綻して一時国有化されたのである。その経緯について、簡単に触れておきたい。

1990年頃、地銀トップクラスの預金量であった足利銀行では、バブル崩壊、失われた10年を経て、2000年、2001年と上野百貨店やシモレン、日本ビューホテルなどの大口の融資先の倒産に見舞われた。と同時に多額の融資が不良債権化した。「見舞われた」というと、ちょっと違うかもしれない。むしろ足利銀行も、不適格な案件に対して融資を積極的に行ったのである。

そのなかで足利銀行は子会社との株式移転で「あしぎんFG」を設立し、足利銀行はその子会社となった。

単体での赤字の状況を隠し、かつ配当を実現する意図があったのかもしれない。だが、この状況を踏まえ2003年末に金融庁の検査が入った。そこで、同年3月期の決算債務超過であったことが発覚、自主再建を断念せざるを得ない状況になった。こうした過程を経て、一時国有化(特別危機管理)が決定されたのである。

そして、足利銀行は会社更生法の適用を申請し、当時の経営陣がそろって責任をとって退陣した。

当時、詳細はわからなくても「銀行はこうやって破綻するんだ」と思った人も多かっただろう。地方銀行の破綻も銀行の一時国有化(特別危機管理)の発動も当時は初めてことで、県内企業の動揺は測りしれないものがあった。

ちなみに翌2004年、足利銀行は創業地である旧本店(旧足利支店)を足利商工会議所へ売却している。

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