実は飲食店事業者の多くは中小事業主で、自民党の支持層でもある。それゆえ飲食店に対する休業や営業時間短縮に対する協力金の支給も早い段階で決まったのだ。
朝日新聞によると、金融庁が9日にも全国銀行協会へ依頼文書を出す準備を進めていたという。西村大臣の独断ではなく、政府として金融機関による飲食店の休業要請を求めていたことがうかがえる。なぜここに来て菅政権は、支持層である飲食店事業者からの強い反発を受ける強硬策に出たのか。
それには東京オリンピックが深く関わっている。菅首相は秋の衆議院議員選挙をにらみ、オリンピックを党勢浮揚のきっかけにしようと考えていた。それゆえに観客を入れ、大会を盛り上げることに最後までこだわっていたと伝えられている。
ところが東京都での新型コロナ感染者の急増で、東京都と千葉県、神奈川県、埼玉県の競技場での無観客開催が決まった。オリンピック開催による党勢浮揚は絶望的となり、むしろリスクが浮き彫りになってきた。それはオリンピックに伴う感染拡大である。
6月11日に開幕したサッカー欧州選手権「ユーロ2020」では、会場となったロシアのサンクトペテルブルクやロンドンなどで感染クラスターが発生した。とりわけ感染力が高く、日本ではほとんどワクチン接種を受けていない50代以下の現役世代が重症化する「デルタ株」の感染も拡大している。
東京オリンピックの会期中にデルタ株の感染爆発が起これば、衆院選を間近に控えた菅政権にとって致命傷となる「大失策」だ。選挙前の首相交代もありうる。
8日の記者会見で緊急事態宣言下のオリンピック開催により、感染者が増加した場合の責任について問われた菅首相は「飲食店での酒類の停止や交通規制、テレワークの徹底などで安全・安心な大会を実現できる」と答えたのみで、感染拡大を招いた際の自身の責任については言及しなかった。
無観客試合となった東京オリンピックは政治的な勝利を望めない「撤退戦」であり、今となっては「どんな手を打っても、これ以上の感染拡大を防ぐ」のが政権の最優先課題となっている。
しかし、頼みの綱だったワクチンは「弾切れ」で、打てる手は民間の「自粛協力」だけだ。「協力」が得られないのであれば「強制」しかない。だから与党支持層である飲食店事業者の「兵糧攻め」も辞さない構えなのだ。
もっとも、その他の企業も「対岸の火事」と悠長に構えている場合ではない。飲食店での酒類の提供を抑え込んだにもかかわらず感染拡大が止まらなければ、政府は罰則を伴う交通規制やテレワークの義務化、ロックダウン(都市封鎖)など一般企業や国民に対する厳しい行動制限に踏み込む可能性もあるからだ。今のうちに対策を立てておく必要があるだろう。
文:M&A Online編集部