政府は2021年7月8日、東京都などでの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大を受けて、12日から8月22日にわたって4回目となる「緊急事態宣言」の発令を決めた。7月23日から8月8日まで開かれる東京オリンピックの期間が完全にカバーされる。
注目すべきは飲食店での酒類提供禁止策の強化だ。西村経済財政・再生大臣は7月8日の記者会見で、緊急事態宣言地域では酒類を提供する飲食店に休業を要請すると同時に、酒類販売店にも休業に応じない飲食店との取引停止を求める方針を明らかにした。
さらには休業に応じない飲食店の情報を金融機関に提供し、休業を働きかけるよう促すという。この金融機関への要請については、批判を受けて9日に撤回した。
飲食店の営業自粛と違って法的根拠の乏しい「お願い」だが、酒類販売店、金融機関ともに免許事業であり政府からの要請を無碍(むげ)には断れない。金融機関からの要請こそ取り下げられたが、酒類販売店との取り引きが止まれば飲食店にとっては死活問題となる。
東京都内などで自粛要請に従わない飲食店が増えているのを受けての対応だ。日本経済新聞が7日夜に都内300店舗を調査したところ、4割近くが「まん延防止等重点措置」で許されている午後8時以降も営業していたという。
政府にしてみれば、緊急事態宣言の根拠となる「新型インフルエンザ等対策特別措置法」に違反しているのだから、「兵糧攻め」も当然ということだろう。もはや休業要請に従わない飲食店は、犯罪者か反社(反社会的勢力)扱いである。
ただ、行政の要請に応じない飲食店の多くは「暴利を貪(むさぼ)る」ためではなく、1年以上も断続的に続く緊急事態宣言による休業要請で事業継続が困難になり、「生き残る」ために仕方なく営業しているのが現状だ。酒類の提供とつなぎ資金がシャットダウンされれば、たちまち経営は行き詰まるだろう。
帝国データバンクによれば、2021年7月7日16時現在、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた倒産は全国で1737件あり、都道府県別では東京都の399件が最も多く、業種別では飲食店が293件と最多だ。つまり国内で最もコロナ禍の被害を受けているのは東京都内の飲食店である。緊急事態宣言による「兵糧攻め」は、コロナ禍の「弱者」を狙い撃ちしたものといえそうだ。
実は飲食店事業者の多くは中小事業主で、自民党の支持層でもある。それゆえ飲食店に対する休業や営業時間短縮に対する協力金の支給も早い段階で決まったのだ。
朝日新聞によると、金融庁が9日にも全国銀行協会へ依頼文書を出す準備を進めていたという。西村大臣の独断ではなく、政府として金融機関による飲食店の休業要請を求めていたことがうかがえる。なぜここに来て菅政権は、支持層である飲食店事業者からの強い反発を受ける強硬策に出たのか。
それには東京オリンピックが深く関わっている。菅首相は秋の衆議院議員選挙をにらみ、オリンピックを党勢浮揚のきっかけにしようと考えていた。それゆえに観客を入れ、大会を盛り上げることに最後までこだわっていたと伝えられている。
ところが東京都での新型コロナ感染者の急増で、東京都と千葉県、神奈川県、埼玉県の競技場での無観客開催が決まった。オリンピック開催による党勢浮揚は絶望的となり、むしろリスクが浮き彫りになってきた。それはオリンピックに伴う感染拡大である。
6月11日に開幕したサッカー欧州選手権「ユーロ2020」では、会場となったロシアのサンクトペテルブルクやロンドンなどで感染クラスターが発生した。とりわけ感染力が高く、日本ではほとんどワクチン接種を受けていない50代以下の現役世代が重症化する「デルタ株」の感染も拡大している。
東京オリンピックの会期中にデルタ株の感染爆発が起これば、衆院選を間近に控えた菅政権にとって致命傷となる「大失策」だ。選挙前の首相交代もありうる。
8日の記者会見で緊急事態宣言下のオリンピック開催により、感染者が増加した場合の責任について問われた菅首相は「飲食店での酒類の停止や交通規制、テレワークの徹底などで安全・安心な大会を実現できる」と答えたのみで、感染拡大を招いた際の自身の責任については言及しなかった。
無観客試合となった東京オリンピックは政治的な勝利を望めない「撤退戦」であり、今となっては「どんな手を打っても、これ以上の感染拡大を防ぐ」のが政権の最優先課題となっている。
しかし、頼みの綱だったワクチンは「弾切れ」で、打てる手は民間の「自粛協力」だけだ。「協力」が得られないのであれば「強制」しかない。だから与党支持層である飲食店事業者の「兵糧攻め」も辞さない構えなのだ。
もっとも、その他の企業も「対岸の火事」と悠長に構えている場合ではない。飲食店での酒類の提供を抑え込んだにもかかわらず感染拡大が止まらなければ、政府は罰則を伴う交通規制やテレワークの義務化、ロックダウン(都市封鎖)など一般企業や国民に対する厳しい行動制限に踏み込む可能性もあるからだ。今のうちに対策を立てておく必要があるだろう。
文:M&A Online編集部