県内にあったもう1つの国立銀行

下越地方に位置する新潟市とその北部に営業を拡大し、さらに新潟県の南西部、上越地方に覇権を拡大した第四銀行。だが、もう一つ確固たる存在を主張する国立銀行があった。中越地方・長岡市に本店を置く第六十九国立銀行、後の北越銀行である。

北越銀行の前身である第六十九国立銀行は1878年に創立。1898年に六十九銀行に改称した。その後、周辺の10を超える銀行のM&Aを重ね、1942年に長岡銀行と合併して長岡六十九銀行となった。その勢力は第四銀行に伍するともされ、往時には東京・銀座4丁目、和光の向かいにも支店を構えた。現在、この地は銀座のモニュメントの1つ、円筒状の三愛ドリームセンター(三愛ビル)が建っている。

第四銀行にとって、北越銀行の買収は念願だったのではないだろうか。北越銀行にしても、現下の生き残りを賭けた地方金融統合の荒波のなかで、第四銀行への対応は自行の将来を決する急務であったはずだ。

両行の経営統合は2018年に実現した。第四銀行は2001年に新潟中央銀行の営業の一部を譲り受けたあと、2018年に第四北越フィナンシャルグループを設立した。経営統合に伴う持ち株会社への移行により、第四銀行、北越銀行ともに第四北越フィナンシャルグループの完全子会社という位置づけになった。

時代は大合併を重ね版図を広げる状況を超え、平成に入り、統合して協調する時代を迎えている。だが、その際に存在感を発揮し続けるのも、かつてのナンバーバンクの威厳のなせるワザかもしれない。

ちなみに第四銀行では百三十九銀行の本店のあった上越市に高田営業部、北越銀行の本店のある長岡市に長岡営業部を設置している。市場原理は何より重要だが、それとともに、両地を重要な地域拠点として位置づけての対応だろう。

銀行・証券の業態を超えたM&Aにも取り組んだ。2006年に新潟証券と資本提携し、第四銀行傘下の証券会社とした。そして、翌2007年には県内の金融機関として初めて銀証共同の店舗を開設。以降は県内各地に共同店舗を開設している。また2015年には、新潟証券を株式交換によって完全子会社化したうえで第四証券へと商号を変更させ、第四グループの一員であることを地域内外に示した。