ビズサプリの久保です。
例年より暖かい日が続いたためか、桜や紫陽花が咲いたというニュースもありましたが、ようやく紅葉狩りの季節になりました。
今回は、税制ストックオプションの話題を取り上げます。
ストックオプションは、自社の株式を購入する権利です。役員や社員が安く自社の株式を購入できるようにすれば、売却益が期待できます。一定の業績を上げられ、ストックオプションがもらえるようにすれば、これをボーナス的な成果報酬として使うことができます。
ストックオプションは、売却を前提とすることから上場株式が対象になります。上場を目指す会社が利用することも多いです。
ストックオプションを行使して自社の株式を取得したあと、それを売却して売却益が得られるのは、行使価格すなわち株式の取得価額が売却時の時価より低いからです。
税法上、安い価格で株式を取得した時点で、「取得価額(行使価格)とその時の株価の差額」が給与として課税されます。ストックオプションはボーナスの一種ですので、安い価格で株式を購入した時点で、ボーナスをもらったとみなされるのです。
ご存じのとおり、所得税は所得が高いほど税率が高い「累進課税」になっています。
所得税と住民税合計の最高税率はなんと55%です。取得した株式を売却したときには、「権利行使時の株価と売却時株価の差額」に対して株式譲渡税が課されます。これは約20%です。権利行使して取得した株式をすぐに売却した場合には、全額給与課税となるため、株式譲渡税の課税はありません。
要するにストックオプションは、株式の取得時には給与所得課税され、売却時には株式譲渡税が課されるのが原則です。これは税制非適格と呼ばれます。
原則なのに「非適格」というのは違和感があるかもしれません。「有利でない」という意味合いと思われます。
税制適格ストックオプションは、株式取得時の給与所得課税をせず、売却時に給与所得相当分と売却益を合計した金額に対して、株式譲渡益を課税するというものです。すなわち、税制適格ストックオプションは、時価より低い行使価格により株式を購入した時点では課税が行われず、株式の売却時において、「行使価格(取得価額)と売却時株価の差額」に株式譲渡税が課されることになります。株式譲渡税の約20%が課されるだけで、給与所得課税が行われない点が有利になります。
税制適格として認められるためには次の8つの条件に合致することが必要になります。
①発行価額:無償発行
②行使価額:発行時の時価以上
③付与対象者:会社及びその子会社の役員や社員等
④権利行使期間:付与決議日後、2年を経過した日から10年を経過する日まで
⑤権利行使限度額:年間1,200万円まで
⑥譲渡制限:譲渡禁止
⑦保管委託:証券会社または金融機関等による保管・管理信託等
税制適格ストックオプションの行使価格は「発行時の時価以上」でなければならないため、その後の株価の上昇が期待できる会社が利用するのに適しています。株価が安定推移している会社には、行使価格を時価より低く設定できる税制非適格のストックオプションが向いています。
なお、設立の日以後の期間が5年未満の株式会社で非上場会社の場合は、今年度の税制改正により、④の10年が15年に緩和されています。
最近注目されているのは、権利行使価格が付与時の「時価以上」であることという条件②です。この「時価」についてこれまで税法上の定めがはっきりしていませんでした。上場準備会社は、上場するまでの間、ベンチャーキャピタル(VC)などの投資家から出資を受けます。このため、ストックオプションを発行する前後に増資した時の株価を権利行使価格とするのが、これまでの実務でした。
今年度より、非上場会社では、財産評価基本通達における純資産価額方式による評価額が認められることになりました。これは、貸借対照表の純資産額を株数で割った金額を権利行使価格とすれば税制適格と認められるというものです。
上場準備会社は、VC等に対して優先株式を発行することがあります。これは一般に残余財産分配権をVC等に与える代わりに株価を高めに設定する目的で発行されます。優先株主には残余財産分配権を与えるため、権利行使価格の決定に当たり、純資産額から残余財産分配額を控除することができます。
このように権利行使価格を算定すると、VC等からの出資時の株価に比べて、純資産価格方式による時価が大幅に低くなることが多いと思います。
場合によってはマイナスになることもありますが、その場合は1円にすることになっています。
高い株価に基づいて権利行使価格を定めていた会社は、株主総会決議を経て、権利行使価格を引き下げることができます。
今回の税制改正は、権利行使価格を高めに設定していたという実務を踏まえたものであり、税制改正後に権利行使価額を引き下げる契約変更を行った場合でも、税制適格ストックオプションとして認められることになっています。
非上場会社が税制適格ストックオプションを発行したときは、これまで会計処理を行わなくても良いと理解されています。実は、これは権利行使価格と株価(時価)の差額がゼロだからでした。税制改正により、純資産価格方式によって権利行使価額を決めた場合には、会計上は純資産価格は簿価であり時価ではないと考えるため、権利行使価格と株価(時価)に差額が生じます。この差額は、役員や社員に対する一種の報酬(株式報酬費用)であると会計上認識されます。本来は、株式報酬費用を将来に渡って分割して計上することになります。
しかし、上場準備会社は株式上場を条件として権利行使できるとしていることから、ストックオプションの発行時には、これがいつになるか分かりません。そのような場合には、ストックオプション発行時に全額を株式報酬費用として計上することになっています。
上記のように、株主総会を経て、過去に発行したストックオプションの権利行使価格を引き下げた場合には、発行時に遡るのではなく、決議を行った事業年度において、株式報酬費用を計上することになると考えられます。この金額は、場合によって多額になる可能性があります。
権利行使価格を純資産価格方式により引き下げると、役員や社員には有利なので、ぜひやってほしいということになります。しかし、会社としては、株式報酬費用が発生することから、その分利益が減少することになります。このため、権利行使価格を引き下げるかどうかの判断に当たっては、損益への影響を十分検討することが必要になります。
上場までに数年かかると予想される場合には、費用負担してもあまり問題ない場合があるでしょう。一方、近いうちに上場を控えているという会社は、権利行使価格と時価の乖離が大きくなっている場合も多く、業績への影響も大きくなるため費用を計上してもよいのかどうか、慎重に検討する必要があります。
上場後にしっかり利益が出れば問題ないという判断であれば、権利行使価格を引き下げて株式報酬費用を計上することもできると思います。