メシア信仰~救世主はいつか現れる~

「メシア」とはヘブライ語で救世主のことを指す。「油注がれる者」という意味だ。ユダヤ教では、神との契約(律法)を遵守し、正しく生きていれば、艱難辛苦を極める世界にいつかメシア(救世主)が現れ、世界を完全な平和へと導いてくれると信じる。その時には、律法を守り続けた敬虔なユダヤ教徒だけではなく、善良な他の人々も救われるとされる。 

誤解もしくは曲解されがちだが、ユダヤ教におけるメシア信仰は「ユダヤ人だけが救われる」という信仰ではない。善良なる他の人々も救われるとされる。善良な人々とは「ノアの七戒」(創世記6-9章)と呼ばれる最も基本的な戒律を守れる人を指す。ただし、偶像崇拝は禁止で、神の名前をみだりに口にすることも禁止だ。 

一方でユダヤ教徒は、ノアの七戒だけではなく「モーセの十戒」を基礎とするトーラーの教え、そして口伝律法の集大成であるタルムードを守り抜くことが救済の条件となる。ユダヤ教徒は、他の人々よりもより厳しい条件を満たさなくては救われない。とてもストイックな一神教なのだ。

選民思想

選民思想とは神が人と契約を結ぶ際に、アブラハム(ノアの子孫)を選んで契約したというトーラーの記述に基づく。神は厳しい律法を守ることを条件に、カナンの地(現在のイスラエル)をアブラハムの一族、すなわちユダヤ教徒に与え、永遠に祝福するとした。(創世記第12章) 選民思想とは、このことから、神と契約したユダヤ教徒を、神が選んだ人々だと捉える考え方である。

しかし「なぜ選ばれたのか」という理由については、慎重に理解を深める必要がある。神が最初にアブラハムを選んだ理由について、旧約聖書には「あなたがたが、どの民よりも数が多かったから選んだのではない。むしろあなた方はどの民よりも少なかった」(申命記題6章7-6)とある。 アブラハムの祖先にあたるノアが箱舟に乗る者として選ばれた理由は「その時代の中で、ノアは正しく、全き人であった」(創世記6章-9)であり、「この時代にあって私の前に正しいのはあなたと認めたからである」(創世記7章-1)とある。

神がノアやアブラハムを選んだ理由は、彼らが優れていた、もしくは特別な能力を持っていた「優等民族」だからではない。正直で真面目、つまり「律法を守れる素質がある見なされた」というのが筆者の捉え方である。(つづく)

文:西澤 龍(イグナイトキャピタルパートナーズ 代表取締役)