ビズサプリの辻です。
暑い8月が終わりました。この夏はどのようにお過ごしでしたでしょうか。
今年のお盆休み前の8月8日、宮崎県でマグニチュード6.5の地震がありました。この地震後、気象庁は南海トラフ地震の発生リスクが高まっているとして「巨大地震注意情報」を発表し、注意喚起を行いました。
結果的にいくつか小さな地震は起こったものの、大きな地震や被害はなく、本当にほっとしましたが、呼びかけの時期がお盆の帰省や夏休みと重なったことで多くの混乱も生じました。
この一連の流れを見て、リスクが起きる前に備える難しさを感じました。
本日はリスクマネジメントについて考えてみたいと思います。
リスクマネジメントは、リスクを識別し、そのリスクの重要性を評価し、その重要性に応じた対策を実施することで、リスク全体を管理するプロセスです。基本的なステップは以下の通りです。
1.リスクの識別:まずはリスクを特定します。
リスクは「目標達成を妨げる不確実性」のことで、例えば「自然災害によって人命に危険が及ぶリスク」などです。また、自然災害といっても、それだけでは具体性がないため、「地震による津波」「大雨による土砂災害」といったように、対応が取れるレベルまでリスクを細分化して識別します。
2.リスクアセスメント:識別したリスクの重要性を評価します。
評価の視点は、そのリスクが発現したときの影響の大きさや発生頻度などで行うことが一般的です。例えば、「南海トラフ地震が発生して津波が生じ、人命に大きな影響を及ぼすリスク」については、その影響の大きさは甚大です。一方で、発生可能性は高くはありません。今回の件で報道されて初めて知ったのですが、大地震の発生可能性は0.01%だそうです(これが今回0.05%に上がったとのこと)。
3.リスクへの対応:リスクアセスメントの結果に基づいてリスクへ対応します。
リスクへの対応とは、「低減」「転嫁」「回避」「受容」のことです。例えば、南海トラフ大地震によるリスクであれば、以下のような対応が考えられます。
・低減:避難経路の確認や備蓄品を備えることで損害を小さくする
・転嫁:地震保険などをかけて、保険会社にリスクを転嫁する
・回避:南海トラフの影響を受けるエリアに行かない
・受容:特に何もしない
4.モニタリング:リスクマネジメントは、一度対応方法を決めればおしまいではなく、継続的に見直しを行うべきものです。
リスクは刻々と変化し、対応方法も技術の進化などで変わっていますので、定期的に見直しが必要です。例えば、最近の異常気象により、これまでの想定を超えるような豪雨が降るようになり、下水道の処理能力を決めるための想定する最大雨量の見直しを行わないと、雨水を処理できずに洪水リスクが高まってしまいます。
巨大地震注意情報を受けて、注意報の対象範囲に当たる自治体等の対応は分かれました。白浜町は海水浴場を閉鎖し、近鉄は特急電車の運行を一部中止しました。岸田首相は外遊の予定を中止にしました。一方で、政府からは「十分に注意しながら、お盆による移動や旅行も含めて日常生活を続けるように」とのメッセージも併せて報道されました。
個人的なことですが、私もお盆に新幹線で関西に帰省する予定でしたが、予定を変更すべきかどうか大変迷いました。検討した結果、新幹線から車に移動手段を変更して帰省しました。新幹線の中でエアコンも切れた状態で数日間閉じ込められるのは、この猛暑の中では命にかかわる重大なリスクと考えたからです。このため、車に食料や水、簡易トイレや除菌タオル、懐中電灯などの避難グッズを大量に積み込んで、どこかで地震に遭っても車で何日かサバイバルできるようにして帰省しました。「そうしたい」と家族に伝えたとき、「は?何そんなに神経質になっているの?」という顔をされました。
みなさんは今回の注意情報で何か行動をされましたでしょうか。また、みなさんの組織で何か備えの確認や対応策の検討などを実施されたでしょうか。
リスクマネジメントで難しいのは、リスクが顕在化する「発生可能性」をどのように捉え、「もしも」をどの程度現実感を持って捉えるかという点です。南海トラフ地震の場合、現実に地震が発生すれば人命にかかわる重大な影響が生じることは周知の事実です。しかし、発生可能性については、巨大地震注意情報が発令されたとしても発生する可能性は低く、備えたからといってそれが「空振り」になる可能性が高いのです。一方で、お盆休み期間中に海水浴場を閉鎖したり特急電車を止めたりすることで「確実に」損益にマイナスの影響を与えます。このような状況で、実際にどのような行動が望ましいのかを判断することは非常に難しいといえます。
リスクマネジメントの基本的な考え方としては、リスクの重要性と発生可能性の単なる掛け算ではなく、リスクの重要性に重きを置き、リスクが発現した時の影響が非常に甚大であるならば、発生可能性に関わらず、リスクを合理的な範囲で対策を整えて備えるべきです。これは東日本大震災の福島第一原子力発電所の事故後に主流となった考え方ですが、この考え方を徹底するのは本当に難しいと感じました。
重要なリスクであっても発生の可能性が低いとなかなか対応の徹底が図れないのは、「空振り」が多くなるからです。「空振り」とは、リスクの顕在化に備えてしっかり対策を講じたものの、結果としてリスクが顕在化せず、対応が不要だった場合を指します。
例えば、「大雨で河川が氾濫するかもしれないため、ご近所にも声をかけてみんなで避難所に避難したけれど、結果的には河川は氾濫せず、一晩避難所で過ごしてかえって疲れた」という状況です。このような場合、「避難しよう」と言い出した人が、肩身の狭い思いをすることになりますよね。本来、空振りはリスクを無視するよりははるかに健全なことであって、空振りの場合は「何事も無くてよかった」と喜ぶべき状況のはずですが、どうしても「何だったのだろう」「あんなに過度に対応をとる必要があったのか」という批判的な目にもさらされます。
一方で、「自然災害だから空振りは仕方がない」というだけでは、リスク対応は進化しません。なぜ空振りだったのか、取るべき対応はそれでよかったのかを検証することが必要です。大雨であれば、大雨予報の精度を上げることが考えられます。巨大地震注意情報であれば、「避難方法」を確立しておくことで活動を停止しなくてもよい状態にしておく、といったことが考えられます。
また、空振りや失敗談を共有することでリスク感度を高め、新たな気づきを得ることもできます。例えば、避難所での様子を共有することで、避難所の運営が改善されることや、避難している人が結構いたという情報が伝わり、避難することへのハードルを下げることにつながるかもしれません。「空振り」の居心地の悪さで検証をしないことは、リスクマネジメント的には好ましくないと言えるでしょう。
自然災害のリスクだけでなく、企業が直面するリスクは複雑化しており、刻々と変化しています。このような場合、「これまでに経験がないリスク」に気づき備えることが求められます。このためには、日常的に「もしも」のシナリオを考える習慣をつけることや、自分では気づかない観点について他者からのフィードバックを受け入れることで、見えないリスク、未知のリスクを減らしていく必要があります。
「自分の組織にはどのようなリスクがあるのか」「リスクに変化はないか」「事業に重要な影響を与えるリスクへの対応は十分か」、今回のような「巨大地震注意情報」といった対応を機に見直しをしてはいかがでしょうか。
本日もAW-Biz通信をお読みいただき、ありがとうございました。