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テレ朝松原ディレクターが『ハマのドン』を撮った理由(わけ)

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松原文枝監督(テレビ朝日「テレメンタリー」ディレクター)

政治は人が決める 松原監督メッセージ

2023年4月14日、政府は2029年の開業を目指すとした大阪府と大阪市のIR整備計画を認定した。政府の認定を受けたのは大阪が初めて。大阪府の吉村洋文知事はTwitterで「IRの経済効果は夢洲だけではない。大阪経済の全体に及ぶ。この視点も重要」と発信。大阪はカジノ開業に向けて動き出した。

そんな中、5月5日より映画『ハマのドン』が公開される。時の総理と官房長官が「カジノ誘致」を推し進めるのを受け、横浜・山下埠頭へのカジノ誘致を検討する市長に真っ向から立ち向かった“ハマのドン”こと藤木幸夫の奮闘を映し出したドキュメンタリー作品である。

当初はIR誘致を容認していた藤木がなぜ阻止のために体を張ってまで動いたのか。市民はそれをどう受け止めたのか。カメラは藤木の言葉と行動を丁寧に追っていく。

本作を手掛けた松原文枝監督に企画のきっかけや作品に対する熱い思いを聞いた。

松原文枝監督画像
松原文枝監督 ©M&A Online

「民教協スペシャル」に対する反響の大きさが映画化のきっかけ

──本作はテレビ朝日系列の全国24社が共同で制作するドキュメンタリー番組「テレメンタリー」で2021年11月27日に放送された番組をベースにした作品で、民間放送教育協会(民教協)の「民教協スペシャル」としても2022年2月5日に放送されました。

まずは「テレメンタリー」で“ハマのドン”こと藤木幸夫さんを取り上げようと思った企画のきっかけをお聞かせください。

カジノ問題は以前から取材していました。1999年に石原慎太郎さんが東京のお台場でカジノをやろうと言っていたのが最初でしたが、世論は反対が多く、公明党も当時は反対でしたから、非常に厳しいだろうと思っていたのです。ところが安倍晋三政権が数の力で強引に決めていった。その中でカジノ事業者たちがやりたいといったのが横浜で、横浜は菅義偉前総理のお膝元。菅さんの息の掛かった林文子前市長が白紙と言っているけれど、予算をつけているという状況でした。

そういうところで権力者側にいて、推進派だった人が反対を表明したのは目を引きました。最高権力者に対抗すれば当然、返り血を浴びますし、相当なリスクを抱えます。これは大きな動きになるのかもしれないと思い、取材を始めました。

── 一度、放送した番組をなぜ映画化したのでしょうか。

民教協スペシャルの放送後、211件の反響があったのです。私は以前、夜のニュース番組をやっていましたが、そのときでも多くて30~50件ですから、反響の大きさがわかっていただけると思います。視聴率もこの10年間で最高でした。

「民教協スペシャル」*で審査員をされている森達也さんから「映画にしたらいいのではないか」と言ってくださったことも背中を押してくれました。

*公益財団法人民間放送教育教会の外部審査委員が加盟各局から提出された番組企画書を選考し、映像化を決めた作品。『ハマのドン“最後の闘い”─ 博打は許さない ─』は36番目に制作された。

──映画化する際は、スポンサーを募ったのですか。

私はテレビ朝日のビジネスプロデュース局というところにいますが、「収益が上がる計画を立てて作るなら」と言われ、企画書を書いたのです。社内で検討が行われた結果、映画化の決裁が下りました。「テレメンタリー」「民教協スペシャル」で制作費が出て、その延長線上で作ることができたことが大きかったです。

“ハマのドン”こと藤木幸夫の画像
“ハマのドン”こと藤木幸夫 ©テレビ朝日

藤木さんの行動に動かされた人たちを入れて群像劇に

──本作の編集で意識されたことはありましたか。

この作品に限らず、「(視聴者に)どうわかってもらうか」ということは常に考えています。わかってもらわなければ、いくら作っても心に響きませんからね。この作品では、藤木さんが訴えかける言葉や行動をわかりやすく繋げていくことを意識しました。

──テレビで放送された時よりも尺が延びていますが、新たに取材をされたのでしょうか。

すでに「テレメンタリー」で見ていただいた方もいますから、プラスしています。

「テレメンタリー」で30分の番組を作り、「民教協スペシャル」で1時間にし、映画で100分にしました。「民教協スペシャル」は「テレメンタリー」と軸は同じですが、藤木さんが結成した少年野球チーム「レディアンツ」のことや藤木さんの人生について加えました。そして映画では米ニューヨーク在住のカジノ設計者、村尾武洋さんなど、藤木さんの捨て身の行動に動かされた人たちを入れて、群像劇にしました。

元参議院議員の斎藤文夫さんが言っていましたが「潰されるから藤木さんに近づくのは止めよう」と考える人もいます。あちら(カジノ推進派)には最高権力者がいるわけですから、どんな嫌がらせをされるか、わかりません。しかし藤木さんの言葉や行動に心を動かされて、協力したいという人も出る。それが今回の結果に繋がったわけです。

人心が動くことで政治が動くところを描きたいと思って、今回新たに加えました。時代の一場面がより厚みを持ってみなさんに見ていただけるようになったのではないかと思います。

テレビでは小此木八郎(元国家公安委員長)さんのことをあまり描いていなかったので、小此木さんはどのように選挙を戦っていたのかということも加えています。

──藤木さんを取材するのもリスクがあったのではないかと思いますが、それでも取材したのはどうしてでしょうか。

政治は人が決めている。法律が勝手に採決を通るわけではない。強行採決も強行している人には意思があるのだけれど、数として賛成している政治家たちに意思があるようには見えません。権力は放置しておくと暴走してしまいます。政治において誰がどう行動したのか。そういった政治の実態を知ってほしい。

私はこれまでずっと政治部や経済部にいて、政治ニュースや経済ニュースを担当してきたこともあり、法律が社会を規定していき、その法律を決める政治家の行動の重みを実感してきました。個人的にはもっとドキュメンタリーで政治を取り上げた方がいいと思っています。

菅元総理と藤木氏
菅元総理と藤木氏 ©テレビ朝日

──藤木さんにIRの危険性を説く国学院大学の横山実名誉教授を紹介したのは自民党員の斎藤さんです。この作品における斎藤さんの位置づけについて、どのようにお考えでしょうか。

映画では単純化してしまったのですが、藤木さんがIR反対になるにあたっては、菅さんとの対立がベースにありました。

藤木さんは日本企業によるカジノ運営を容認していましたが、安倍政権が横浜に引き入れようとしていたのは日本企業ではなく、海外の大手カジノ業者だったのです。すでに権力の絶頂にあった菅さんは藤木さんの意向を無視して、カジノ構想を強行突破しようとし、藤木さんの怒りが爆発しました。

斎藤さんを作品に入れたのは自民党員でも藤木さんに協力をしている人がいるということを伝えたかったのです。地域のことでおかしいと思うことがあったら、損得やイデオロギーは関係なく協力する人はいる。自民党の政策であっても、横浜にカジノがあってはいけないと思う人は自民党にもいて、藤木さんに協力した。斎藤さんはそういう位置づけでした。

元横浜市議会議長の藤代耕一さんは自民党員でカジノは賛成ですが、自民党に対して反旗を翻した藤木さんに対して憎々しげに話すのではなく、リスクを背負って動いたことに対してリスペクトをしています。

藤木さんが最後に「政党って関係ないとわかりました」と言っていますが、物事を動かすのは多分、そういうこと。最近は意見が違うと敵だといわれますが、そうではありません。“共通の問題はあるわけですから、そこは党派関係なく力を繋いでいきましょう”ということが成り立つと伝えたいと思いました。

松原文枝監督の画像2
©M&A Online

横浜市長選が小此木さんの圧勝だったら…

──本作のターゲット層は。

実は政治家や霞が関の方に見ていただきたいのです。最近は敵か味方かの一択になっていますが、地域や人との繋がりを大事にすることこそが政治だと思う。「本来、保守ってこういう人たちだよね」と伝えたい。

市民も最近は政治に無関心だったり、諦めたりしている人が多い。ちゃんとした旗印を立ててやっているところが少なくなってきていますし、野党も分断されている。どこを応援すればいいのかわからないのです。

それでも「政治ってもしかしたら自分たちの手で変えられるかもしれない。市民の手に政治はあるんだ」と伝えたい。横浜市長選は稀有な例ではありますが、市民の方にも見てほしいと思っています。

──横浜市長選は藤木さんが推す山中竹春さんの圧勝だったので作品は盛り上がりましたが、これが小此木さんの圧勝だったら、どんな番組になっていたのでしょう。

私は負けることを覚悟してました。あちらは最高権力者ですから、嫌がらせをしようと思えば、何でもできる。普通の構図なら勝てません。損得ではなく、信念のもと、リスクを背負って藤木さんが戦ったことが大事。もし選挙で負けても、一敗地に塗れるではないですが、そこがわかってもらえればいい。事実を追って、「あと一歩だったけれど及ばなかった。でも、またこういう人が現れてくれたらいいよね」という風に描いたと思います。

むしろ、藤木さんが小此木さん側につくことを危惧していました。小此木さんとは関係も深いし、IRを反対していますから、藤木さんにとっても全面対決をしなくて済む。忖度が横行する中で反旗を翻して、旗幟を鮮明にし、権力に挑む藤木さんを撮ろうとしているのに、手を結んでしまったらどこにでもある話になってしまう。ドキュメンタリーですから、起きたことは描かないといけないので、それでも番組までは作ったと思いますが、「政治の世界ってやっぱりそういうところだった」と見ている人ががっかりしたと思います。

──監督はテレビ朝日の方ですが、キー局の矜持のようなものを意識して番組を作っていらっしゃるのでしょうか。

地方局も系列局にはうちが撮った映像を出すことができるので、使えないことはないのですが、キー局として政治の取材ができるというのは、ある種の特権です。毎日、貯まっていく映像はその一部しかお伝えできていませんが、時間の流れとともに検証することでわかることもあります。

映像のアーカイブという財産を持っていることはキー局の強みですが、それと同時に社会に提供することは責任があると思います。

藤木氏と支援者
©テレビ朝日

藤木さんの言葉は知識量や読書量だけでなく、信念に裏打ちされている

──“ハマのドン”こと藤木幸夫さんを描いた作品ですが、監督からご覧になって藤木さんはどのような方でしたか。

実は、今回の取材で初めてお会いしました。港で仕事をされてきて、“ハマのドン”と呼ばれている方ですから、荒っぽいところがあり、フィクサー的存在として裏社会にも顔が利く、敷居の高い方かと思っていました。

ところが実際会ってみると、まったく分け隔てのない方でした。誰に対しても自分の方から足を運んで、話をする。しかも藤木さんの言葉には力も魂もあって心に刺さる。それは彼の知識量や読書量だけでなく、信念に裏打ちされているからでしょう。

こんな言い方をすると失礼かもしれませんが、藤木さんの言葉はテレビ映像を生業にしている私にはとても使いやすく感じました。

──今回の経験を今後どのように活かしたいですか。

テレビと映画では編集を変えていませんでしたが、映画を見返してみて、テレビはスピードが早いので、映画はもう少し溜めて、考える余裕みたいなものが必要だと思いました。

私はやっぱり政治が好きですから、これからも政治の内実、権力に挑む人を描きたい。番組なのか、映画なのか、著作なのか、媒体は考えていませんが、すでに考えている人はいます。

取材・文:堀木三紀/編集:M&A Online

監督・松原文枝

1991年テレビ朝日入社。1992年政治部・経済部記者。2000年から「ニュースステーション」、「報道ステーション」ディレクターを経て同番組チーフプロデューサー。2015年に経済部長、報ステ特集「独ワイマール憲法の教訓」(2016年)でギャラクシー賞テレビ部門大賞、JCJ 賞。テレメンタリー「史実を刻む~語り継ぐ“戦争と性暴力”」(2019年)でアメリカ国際フィルム・ビデオ祭銀賞。2019年放送ウーマン賞。2019年からビジネスプロデュース局戦略担当部長を務める。

藤木幸夫

1930年(昭和5年)横浜市に生まれる。戦時中は県立神奈川工業高校で軍需工場に従事。1945 年横浜大空襲を潜り抜け、戦後、町の不良少年を集めて少年野球チーム「レディアンツ」を結成。1953年早稲田大学政経学部卒。外資の船会社に就職後、藤木企業に入社。港湾荷役事業に従事する。神戸港で港湾荷役事業を行っていた山口組三代目田岡一雄組長とも知己を得る。藤木企業会長、横浜港運協会前会長、港湾事業者の元締め的存在。地元政財界に顔が効き、歴代総理や自民党幹部との人脈の広さ、その政治力から“ハマのドン”の異名を持つ。横浜ハーバーリゾート協会を作り会長に就任。カジノ反対を貫き、誘致を推し進める菅総理と全面対決、カジノ誘致を阻止した。強面だが、その素顔は、読書家で知識人、早寝早起き、港をこよなく愛する93歳。

<作品プロフィール>

『ハマのドン』あらすじ

『ハマのドン』ポスタービジュアル

2019年8月、“ハマのドン”こと藤木幸夫が横浜港をめぐるカジノ阻止に向けて立ち上がった。御年91歳。地元政財界に顔が効き、歴代総理経験者や自民党幹部との人脈、田岡一雄・山口組三代目組長ともつながりがあり、隠然たる政治力をもつとされる保守の重鎮である。その藤木が、カジノを推し進める政権中枢に対して、真っ向から反旗を翻した。今の時代が、戦前の「ものを言えない空気」に似てきたと警鐘を鳴らし、時の最高権力者、菅総理と全面対決した。

決戦の場となったのは横浜市長選。藤木が賭けたのは、住民投票を求める署名を法定数の3倍をも集めた市民の力だった。裏の権力者とされる藤木が、市民とカジノ反対の一点で手を結び、時の総理と官房長官が推し進めた「カジノ誘致」の国策阻止を成し遂げた。

監督:松原文枝
協力:公益財団法人 民間放送教育協会
プロデューサー:江口英明(テレビ朝日) 雪竹弘一(民教協)
ナレーション:リリー・フランキー
製作:テレビ朝日
配給:太秦
【2023年/日本/DCP/100分】
©テレビ朝日 hama-don.jp
2023年5月5日(金)より新宿ピカデリー、ユーロスペースにて公開

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