フランス・ロワール地方を舞台に、敬虔なカトリック教徒で保守的なヴェルヌイユ夫妻の 4人の娘たちが、それぞれアラブ人、ユダヤ人、中国人、コートジボワール人と結婚したことから起こる異文化バトルをユーモアたっぷりに描いた『最高の花婿』(2014年)はフランスで 5人に1人が観たという国民的大ヒットを記録した。
これらの作品は日本でも公開され、「移民モノは日本ではヒットしない」との通説をひっくり返してのスマッシュヒットに。その後、続編の『最高の花婿 アンコール』(2019年)が作られたことでシリーズ化し、いよいよ『最高の花婿ファイナル』が4月8日に公開される。
本シリーズを買い付け、日本で公開したのがヨーロッパ映画を中心に配給するセテラ・インターナショナル。社長を務める山中陽子氏は30年以上、良質な作品を配給してきたことが評価され、ルネサンス・フランセーズ第5回栄誉賞フランス語振興賞(メダイユ・ドール)を授与されたばかり。M&A Online読者に向けて、山中氏に映画配給の原動力になる思いについて語ってもらった。
──いよいよ『最高の花婿ファイナル』が日本でも公開されますね。このシリーズを買い付けたきっかけを教えてください。
『最高の花婿』はフランスで公開されてすぐに桁違いのメガヒットになり、最終的には5人に一人が見た国民的ヒット作品(フランス歴代映画興行収入第6位)になりました。その情報を元にカンヌ映画祭に併設されたマーケット試写で出会いました。
面白くて物語もよく出来ていたのですが、日本ではこういった社会派コメディは難しい。念のため弊社のスタッフにも見てもらいましたが、移民の話は日本人には実感がわかないのでは…と言われました。
そこで東京で開催される「フランス映画祭2015」に出品して、観客の反応を見てみることにしました。私が公開を諦めきれないのを察したのでしょう、営業担当のスタッフが劇場の支配人を映画祭に招待していました。大受けした場内に支配人も気に入ってくれ、すぐに日本での上映が決まりました。
公開前には、フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督が来日しました。日本のメディアが真面目な人種問題の質問ばかりするので本人は当惑していましたが、日本を大変気に入ってくれたようです。
──日本でもヒットした要因をどうお考えになりますか。
人は自分と違っているものに対して特別な目で見てしまう。それは日本でもあること。しかし「違いを知る」ことによって、よりお互いが分かり合えることもある。最高の花婿ではその点をコミカルにわかりやすく描いているところが受け入れられたのではないかと思っています。
コロナ禍も落ち着きを見せ始め、日本でも海外の方の姿を多く見かけるようになりました。1作目の公開当時(2014年)は移民といわれても、日本人にはピンと来なかったかもしれませんが、シリーズを追うごとに一歩先を行く映画の世界に社会が追いついてきたような気がします。
──『最高の花婿』シリーズ以外にも、意義を感じた作品はありましたか。
ナチス政権による迫害を逃れてアメリカへ亡命したドイツ系ユダヤ人哲学者のハンナ・アーレントを描いた『ハンナ・アーレント』(2013年)ですね。
ハンナ・アーレントのことを知っている人は日本にもいたと思いますが、ごく限られた一部の方だったと思うのです。それが映画を公開したことでハンナ・アーレントの関連書籍の売り上げが伸び、出版業界も注目するようになりました。
ドイツのコメディ映画『はじめてのおもてなし』(2018年)もそうですね。難民の青年を受け入れたことをきっかけに家族の絆を再確認するまでをコメディタッチで描いた作品で、”難民モノは難しい”と言われました。ところが公開してみると多くの方が関心を持ってくださったようです。全国紙の社説でも取り上げていただきました。
──配給する作品はどうやって見つけるのでしょうか。
カンヌ、ベルリンを中心に海外の映画祭に出向いて発掘しています。カンヌ映画祭には25年間ほど参加していましたが、商業主義過多な雰囲気に疲れてしまったので、ここ数年は若いスタッフに任せています。規模の小さいベルリン映画祭にはいまも毎年欠かさず行っています。トロント映画祭も弊社と相性がいいので、今までに3回くらい参加しました。
映画祭の合間に行われる国ごとの新作映画上映会もフランスとドイツは毎年足を運んでいます。フランス映画、ドイツ映画の最新情報をセールス会社の担当者と直接話せますし、日本から参加する企業が少ないので、コミュニケーションを取りながら落ち着いて作品を選べるのがいいですね。
現地に1年の半分くらい住んでいた時期もあり、『ムッシュ・カステラの恋』(2001年)、『あしたのパスタはアルデンテ』(2011年)、『コーヒーを巡る冒険』(2014年)は市内の映画館で見て気に入り、配給を決めました。
──現地に住んで映画を配給するほどの原動力、活力はどこからくるのでしょうか。
映画を通じて外国の文化や芸術を知ることで、いろんな人と知り合い、いろんな本を読みたくなります。それが自分の血となり、肉となり、人生が豊かになったという思いが自分の中にあるのです。
その原点が夭折したフランスの名優ジェラール・フィリップ(Gérard Philipe)です。
大学を卒業後、映像を輸入する会社で仕事をしていた頃にジェラール・フィリップを知りました。既に亡くなっていましたが、権利関係の問題で日本で見られる作品は限られていました。だったらジェラール・フィリップの映画祭を私がやるしかない、と。
とはいえ、複数の映画の権利を買い取って映画祭を開くのは仕事の片手間ではできません。2年半勤めた会社で映画の買い付けのノウハウを学んでいたので、思い切って独立しました。それが現在のセテラ・インターナショナルです。
そうこうしているうちに、フランス映画をたくさん見るようになり、また現地に住むことでフランス語が上達しました。フランス映画をより理解するためにも原語で理解することは必要です。フランス語を話すとフランスのセールス会社も喜びますしね(笑)。
フランス映画を通して、フランス文学が好きになったともいえます。ドイツのベルリンにも7年間ほど、1年の半分くらい住んでいましたので、ドイツ語も学び、紹介したい作品が増える…そうやって、映画が私の世界をどんどん広げてくれるのです。
──作品選びのポイントを教えてください。
私は言語を耳で聞いて、ある程度理解できる映画を選びたいと考えています。字幕に100%頼るのは嫌なのです(笑)。必然的に私が選ぶ作品は英語、フランス語、ドイツ語の映画が中心になります。
そのうえで、自分がいいなと思って人に紹介したくなるものですね。映画を通して日本ではあまり知られていない海外の文化や芸術を伝えていきたい。興味を持ってもらえそうで、見た人の人生が豊かになるような作品を選んでいます。
ヨーロッパにはそういった作品がたくさんあるので、日本の方に知られないまま、埋もれてしまう前に知ってほしい、見てほしい、と思って買い付けています。
──すべて山中社長が選定しているのですか。
最近はスタッフに選んでもらうことも多くなってきました。そのひとつが『ニトラム/NITRAM』(2022年)です。この作品は1996年にオーストラリア・タスマニア島の観光地ポートアーサー流刑場跡で起こった無差別銃乱射事件を映画化したものです。銃の乱射シーンはなく、丁寧な心理描写が特徴の社会性の高い作品ですから公開する意義があると思いました。
主演のケイレブ・ランドリー・ジョーンズは弊社が2020年に配給した『ニューヨーク 親切なロシア料理店』にも出演していて、そのときから将来性があると思っていたのです。実際、第74回カンヌ国際映画祭(2021年)のコンペティション部門で男優賞を獲得し、その後、リュック・ベッソン監督の作品にも出ていました。
『ニトラム/NITRAM』の次に配給した『ボイリング・ポイント/沸騰』(2022年)も若いスタッフが選んでいます。彼らには人にいい影響を与える作品を選ぶように伝えています。面白いだけではダメ。配給したことで悪影響を及ぼす作品は弊社のポリシ―に反しますから。
──最後に『最高の花婿 ファイナル』ならではの見どころをお聞かせください。
1作目は末娘の結婚を望んでいた主人公夫婦が黒人婿の登場で大騒ぎになりますが、子どもの幸せを願う親がお互いのファミリーを認め合いました。2作目では娘婿たちが海外移住しようとするのを何とか阻止し、家族が一緒に過ごせる幸せを描きました。
そして今作は、婿たちの親も登場します。一癖も二癖もある個性派ぞろいで、異文化バトルはさらにヒートアップしますが、最後にそれぞれの夫婦が改めて絆を確認し合い、大団円を迎えます。
世界には不穏な空気が漂い、シリアスで重く、超現実的な厳しい映画も作られていますが、「最高の花婿」のように、人と人との絆の大切さを笑いに包んでやんわりと届ける作品もよいのではないでしょうか。映画はやはりエンタメですから。
取材・文:堀木三紀/M&A Online
<プロフィール> 山中陽子(セテラ・インターナショナル社長)
1962年神戸市生まれ、神戸女学院中高大学で学ぶ。映像輸入会社に勤務した後、1989年にセテラ・インターナショナルを設立。海外の良質な映画を配給することを目的としている。1992年にアラン・ドロン主演のカンヌ映画祭出品作品『カサノヴァ 最後の恋』で、アラン・ドロンを10年ぶりに日本へ招聘するなど国内におけるフランス映画配給の第一人者として知られている。
新作にとどまらず、フランスのクラシック映画の買付けにも力を入れている。ルネ・クレール傑作集映画祭を4Kリマスター版で公開。起業の動機となったジェラール・フィリップ映画祭は1996年から数回開催しており、2022年11月に生誕100年祭を日本全国で開催。ジェラール・フィリップやルネ・クレールに関する出版協力にも携わっている。『最高の花婿 ファイナル』を2023年4月に公開。5月にイタリア映画の『帰れない山』、6月にフランソワ・オゾンの新作『苦い涙』の公開を控えている。
<STORY>
海外移住すると騒いでいた娘夫婦たちを自分の住む街シノンにつなぎ留めて一安心のクロードとマリー夫妻。クロードは売れない本の執筆活動に余念がない。そんなクロードは婿たちとのお付き合いの嵐に悩まされている、やれ安息日だ、絵の個展だ、芝居の初日だとしょっちゅうお呼びがかかる・・・。これでは執筆に専念できないと悩みの多いクロード。
一方、独特な絵画を描き続ける三女セゴレーヌの個展が開かれて、ドイツ人の富豪で著名なアートの収集家ヘルムートがセゴレーヌの作品に興味を持つ。ヘルムートが所有するNYのギャラリーで個展も夢ではない ?と話しを持ちかけられて夢のようだと喜ぶヴェルヌイユ夫妻とセゴレーヌ。夫のシャオはヘルムートの出現に内心穏やかではない。
セゴレーヌとシャオの夫婦仲がぎくしゃくし出したことで、離婚第1号になるかも、と内心ほくそ笑むクロード。ヘルムートはリッチでイケメン、婿にはぴったりなのだと。しかしヘルムートの目的は意外なところにあったのだ・・・。そんな中、もうすぐ結婚記念日40周年を迎えるクロードとマリー夫妻をお祝いしようと娘たちはサプライズパーティーを計画して婿たちに話を持ちかける。
それは婿たちの両親もみんな呼び寄せて大親戚一同集まるパーティーを計画してお祝いすることだった。果たしてイスラエル、アルジェリア、中国、コートジボワールから集結した両親たちが無事一緒にパーティーを楽しめるのだろうか?
<作品データ>
最高の花婿 ファイナル
原題:Qu’est-ce qu’on a TOUS fait au bon Dieu?
監督:フィリップ・ドゥ・ショーブロン
出演:クリスチャン・クラヴィエ、シャンタル・ロビー、メディ・サドゥアン、アリ・アビタン、フレデリック・チョウ、ヌーム・ディアワラ、フレデリック・ベル、アリス・ダヴィ、エミリー・カーン、エロディー・フォンタン、パスカル・ンゾンジ、サリマタ・カマテ
字幕:横井和子
配給:セテラ・インターナショナル
98分/2022年/フランス/仏語/音声:5.1ch/
http://www.cetera.co.jp/hanamukofinal/
4月8日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開