弁護士のピーターは、前妻と暮らしていた高校生の息子から一緒に暮らしたいと告げられる。しかし、息子は心に病を抱え、絶望の淵にいた…。『The Son/息子』は、『ファーザー』で斬新な表現スタイルが絶賛されアカデミー賞脚色賞を受賞したフロリアン・ゼレールの長編第2作で、自身の戯曲を原作にした作品。
完成した脚本に惚れ込んだヒュー・ジャックマンが自ら主演と製作総指揮を務め、『ファーザー』で2度目のアカデミー賞に輝いたアンソニー・ホプキンス、『マリッジ・ストーリー』で同賞を獲得したローラ・ダーンが共演を果たした。互いを理解していると信じ、当たり前の日常を送っていた家族に突然起こる異変。それは決して他人事ではない。ヒュー・ジャックマンが、「このテーマをここまで美しく、そしてはっきりと描き出した作品に参加できて誇らしい」と胸を張る意欲作である。
弁護士として辣腕をふるうピーター(ヒュー・ジャックマン)は二度目の妻ベス(ヴァネッサ・カービー)と生まれたばかりの赤ん坊とともに、充実した生活を過ごしていた。そんなある日、前妻のケイト(ローラ・ダーン)から17歳の息子ニコラス(ゼン・マクグラス)の様子がおかしいと相談を受ける。「学校でなにかあったのか」と尋ねるピーターに対し、「自分で自分が分からない」、「父さんといたい」と涙ながらに懇願するニコラス。ピーターは新しい妻を説得して引き取るが、親子の心の距離は簡単には埋まらず、ニコラスの心の闇は深まるばかりだった…。
「これは私の物語だ」。本作を観た後に、こう考える人が少なからずいるだろう。
両親の離婚をきっかけにニコラスは心の不調を訴えるようになる。毎朝、デイバッグに教科書を詰め込んで出かけるが学校には行かず、日がな一日歩き回って帰宅する。同居していた母は息子が登校していなかった事実を知り、激しく動揺し、別れた前夫にニコラスを預ける。転校先での初日、ニコラスは授業に身が入らず視線は宙を彷徨っていた。
同じ頃、父と母はそれぞれ仕事に精を出しつつ、ふと手を止めて虚空を見つめる。ほんの数秒のシーンで3人が見せる表情から、それぞれが抱える期待、不安、そして苦しみが観る者にひしひしと伝わってくる。
家の中ではニコラスと父の後妻ベスの間にも、冷たい空気が流れ始めていた。あるときニコラスはベスにこう尋ねた。「父さんが既婚者だったのを知ってた? 僕はずっと父さんを尊敬していた。(両親の離婚で)身体が二つに引き裂かれるようだった」。困惑しながらも言い返そうとする後妻に対し、ニコラスは「くだらない話だよね。忘れてほしい」と告げ、会話を打ち切ってしまう。
乗り越えたくても乗り越えられない。自分ではどうにも気持ちをコントロールできない。17歳の複雑な胸の内を表情だけで語ってみせた、ゼン・マクグラスの演技が素晴らしい。
父も母も息子を大切な存在と思い、昔のように息子と心を通わせたいと願っている。時折挿入される、幼少のニコラスと海に出かけた家族旅行の陽光にあふれた映像が絶妙だ。沈鬱な現状との対比で、家族3人の喪失感を際立たせるのに成功している。
ピーターは念願だった選挙参謀の職のオファーを受けるが、ニコラスの傍を離れがたく断る決心をする。そのころ、しばらく会っていなかった年老いた父親を訪ねるが、老親は 息子のために大きな仕事を断ろうとするピーターを蔑み、「乗り越えろ」と挑発する。
ニコラスとの関係は悪化の一途をたどり、努めて冷静に対話を試みてきたピーターがとうとう暴発する。いつにもまして学校に行かないことを厳しく詰る父に対し、ニコラスは「父さんは母さんを傷つけ、僕も傷つけた」と本心をぶつけてしまう。逆上した父は、「離婚をしたのがいけないのか。我慢しろというのか。俺の人生だぞ」と叫び、息子を突き飛ばした。怯えた眼差しで父を見上げるニコラスの姿を見て我に返ったピーターは懸命に詫びる。
高圧的で理解がないと忌み嫌っていた父親と同じ言動を息子にしている。自らの言動を悔いるピーターだったが、そのときニコラスの中で何かが壊れてしまったかのようだった。そして、さらに厳しい現実がピーターとニコラスを待ち受けていたのだった…。
本作が描く「父と息子の葛藤」や「家族の崩壊」は現代社会では特別なことではないかもしれない。当事者それぞれで異なる幾通りものストーリーがあるだろう。眠っていた記憶が呼び起こされ、感情が激しく揺さぶられる。本作は緻密な脚本・演出・編集と、キャストの抑制の利いた演技が相まって、誰もが共感する普遍的な物語に昇華させた。それはまさしく、「私が辿ったかもしれない物語」と言えるだろう。
文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)/編集:M&A Online編集部
<作品データ>
『The Son/息子』
監督・脚本・原作戯曲・製作:フロリアン・ゼレール 『ファーザー』
出演:ヒュー・ジャックマン、ローラ・ダーン、ヴァネッサ・カービー、ゼン・マクグラス、アンソニー・ホプキンス
共同脚本:クリストファー・ハンプトン 製作総指揮:ヒュー・ジャックマン
撮影:ベン・スミサード 美術デザイン:サイモン・ボウルズ 衣装デザイン:リサ・ダンカン 編集:ヨルゴス・ランプリモス 音楽:ハンス・ジマー
2022 年│イギリス・フランス合作│英語│カラー│スコープサイズ│123 分│字幕翻訳:岩辺いずみ│映倫:G 一般
配給:キノフィルムズ 提供:木下グループ
公式Twitter:https://twitter.com/TheSon_jp
公式HP:www.TheSon.jp
3月17日(金)TOHOシネマズ シャンテほか 全国ロードショー
早いもので、今年も残すところあと数日となりました。2022年の映画業界を興行収入ベスト10作品とともに振り返ってみたいと思います。