M&Aにおける人事労務の留意点 その2

M&Aというと、買収価格等の条件面が注目されがちだが、「ヒト」の問題に関しても周到に準備しておかないと、労務トラブル等で思わぬコストが発生する、ということになりかねない。

前回に続き、社会保険労務士法人三島事務所でM&Aに関する人事制度策定やコンサルを多数手掛けている林英臣マネージャーに「M&Aを実行する際の人事労務の留意点」について、お話を伺った。

1.M&A実行前に気をつけるべきこと

 ――M&Aを機に、残業代をもらっていないとか、有給休暇を取れていないとか、従業員の不満が噴出したようなときの対応策はありますか。

 労働基準監督署の調査などがあれば当然指摘されることですから、(M&Aには関係なく)そのような事実がわかったらすぐ改善すべきです。是正勧告を受けるより自主的にやる方がいいですよね。

――M&Aの情報提供はいつ、どんなふうに行うのがよいのでしょうか。

 経営決定されたら可能であればできるだけ速やかに伝えるべきだと思います。解雇が必要な場合などは、なぜM&Aが必要なのかをわかりやすく説明できるように、整理する時間は少し必要かもしれません。説明を受けた結果、方向性が違うから退職したいと思う場合でも、時間があればあるほど再就職活動が可能です。会社としては、M&Aの決定事実をあまり早く言うと、地に足がつかなくなって、業務に支障が出ると思ってしまいますが。

 経営幹部だけにではなく、労働組合がある会社はまず組合に申し入れをします。組合から全員に通達した時点で経営側としても発表すべきだと思います。特に経緯やこれまでの会社の努力、M&Aが必要な理由をきちんと説明しましょう。

 ――経緯をきちんと説明することが動揺を防ぐカギ、ということですね。

 動揺はあると思います。私がお勧めするのは、従業員に発表した日に、労働基準監督署やハローワークなどの行政機関に説明をしておくことです。大量解雇でなく報告の義務はなくても、従業員の雇用の確保についての会社の考え方を説明しておけば、仮に駆け込みがあっても、落ち着いて対応してくれます。離職票などの発行もスムーズになり、従業員も安心してくれます。

2.M&Aで不満・トラブルが発生したら

――M&Aで転勤が発生したようなケースのエピソードはありますか。

 人事担当者としての私自身の体験になりますが、会社合併で工場を一本化したため、首都圏から地方に千人規模で転勤してもらったことがありました。不案内な土地に移動する不安を解消するため、オフィスの一角に転勤先の都市の部屋というものを作って、その地方の地図や、学校の転入情報、住宅情報、観光情報や、地方の情報雑誌、更には住居が予想される近隣都市の役所から転入手続き書類を取り寄せ、出来る限りの情報を開示しました。

 時間を決めて担当が張り付き、必要な人には個別相談や説明会を行いました。社宅の下見に飛行機で行く場合は、不動産屋が空港まで車で迎えるよう手配しました。コストはかかりましたが、安心して移動してもらうことを最優先しました。

――家族などの事情で転勤できない方はどうされたのでしょうか。

 その場合は首都圏の関連会社への転勤や出向をさせたりするのですが、どうしても移動先が見つからない場合や、異動にはスキルチェンジが必要になることがあります。(現在の場所では)もう仕事がないわけですから、スキルチェンジやスキルアップを行う場所を用意して研修などをするのですが、「追い出し部屋」になってはいけないですね。

 大勢が集まるところで、きちんとしたプログラムで研修をする。そうする内に、スキルが身に付いて新しい職場が決まっていきました。どうしても決まらない人が出た場合は、早期退職制度とアウトプレースメントで転職を支援するとよいでしょう。セーフティネットをどこかで引いておき、その人のためを思って愛情をもって次のステップに送り出すことが大事です。愛情のかけ方は経済面だけではありません。小規模な会社なら対象者も少ないですから、経営者自らが自分で駆け回ってやってあげる、そのくらいの思いがないとうまくいかないと思います。

――どうもありがとうございました。

3.まとめ

林氏のインタビューをもとに、M&Aにおける人事労務の留意点をまとめてみた。人事労務に関わっている方は、ぜひ参考にしていただきたい。

1.M&Aスキーム別の留意点

スキーム留意点
合併 労働条件は承継される。合併前に調整できる事項と合併後に検討すべき事項の仕分けをする。
会社分割 労働条件は承継される。全く新しい会社を立ち上げて、いったん全員解雇をした上で一部の従業員だけ転籍させるようなやり方はリスクがある。
事業譲渡(整理解雇を伴う場合) 譲渡先で勤務できない従業員は即解雇を考えるのでなく、公的、私的な転職支援会社の活用などあらゆる手段で再就職支援を考える。

2.制度や組織風土を統合する場合の留意点

項目対処法
給与水準が異なる差分を調整給で支給、昇給で消化していく。
新給与の決定テーブルや評価方法の改定などは、必要な時間をかけて行う。
福利厚生 通常の就業規則改定と同じ手順で提示、説明をし、従業員の合意を得る。
従業員のあつれき緩和 吸収する側の会社出身者が配慮する。スタッフ部門にも各社出身者を均等に配置する。
役職者の重複対策 合併前に早期退職制度などで人員整理しておくことも検討する。
経営理念の統合 新社長の思いに沿いつつ、会社の目的に合った経理理念を作り上げていく。

3.M&Aで不満・トラブルが発生したら

状況対応策
(M&Aを機に)従業員の不満が噴出したら 違法な事実が判明したら、M&Aに関係なくすぐ改善する。
M&Aの噂が広まった可能な限り早く、全員に伝える。同時に行政や関連部署にも伝えておく。
転勤者が出るとき個々に必要な転勤先の情報提供を行い、安心してもらう。転宅できない人は転宅を伴わない出向や転勤など配慮する。スキルチェンジが必要な場合は「追い出し部屋」にならないよう注意する。

取材・文:M&A Online編集部