先日、ある講義を受講しました。講義の内容は「日本の失われた30年」を様々なデータを元に振り返り、日本企業の産業構造の転換と成長分野への投資を促す必要があるといった内容のものでした。その中で、「日本の給与水準が、諸外国の給与水準に比較してこの30年全く伸びていない」ということを説明された際に講師の方が次のようにおっしゃっていました。
『「安いニッポン」という昨年発売されたベストセラー本の中でサンフランシスコでは、年収1,400万円でも低所得者といわれてしまうと書かれているわけです。一方で日本は、若い女性とかが年収1,000万円の男性と結婚したいと言われるわけですね。でもそんな人は日本には2~3%しかいないわけです。』
趣旨としては、「30年経っても年収1,000万円が2,3%しかなく、相変わらず高所得者と捉えられる日本の所得水準の低さを示した」ということかと思います。
皆さんはこのお話をお聞きしてどのように感じますでしょうか。
少し違和感を覚えませんでしょうか。
この講師の方は年収1,000万円の「日本」の高所得者は男性という前提でお話をされています。そして、おそらく最近の若い女性は「経済的に自立したい」と考えている人もたくさんいるはずで、配偶者となる人の年収について気にしない人も多くなっているのではないかと思いますが、なんとなく若い女性は男性に頼ることが前提となっているようにも聞こえます。
今回は講師の方のジェンダーに対するバイアスでしたが、これが企業の経営陣や管理職から発せられたらどうでしょうか。「このような考え方の上司とはやっていくのは難しいな」と思って黙って去ってしまう優秀な若い人もいるかもしれません。
「高所得者は男性が前提」ともとれるようなたとえ話は、講師の先生のこれまでの経験や価値観から何気なく発言をされたものと思われます。このように本人が無意識で見ているものの見方のことを「アンコンシャス・バイアス(無意識のバイアス)」といいます。
アンコンシャス・バイアスは無意識であるためそれが他の人には違和感を覚えさせたり、不快に感じさせたりしていることを本人は気づくことが難しいものです。恐らく今回の講師の方も女性を馬鹿にしているといった意識は全くなかったと思います。
そして今回の発言も含めて些細なことが多く、聞いている側が違和感を覚えたとしても「気にするほどのことではないか」と考えてしまい、声を上げることはしないので指摘をされることが少ないと思います。このため本人も気づかないまま放置されてしまい、正されることが少ないというのも特徴でアンコンシャス・バイアスの厄介なところです。
私自身も今回の講義の時に指摘をすることはしませんでした。「大事(おおごと)にするほどのことでもないな」「講義の本論には関係ないし考え方の違いだからいいか」と自分に言い聞かせてしまいました。また、「ジェンダーに関する些細なことをいちいち気になる面倒くさい人だなと思われたくない。」という気持ちも働いていたと思います。このようにジェンダーに関する発言で違和感を覚えたときにそれを指摘せず「我慢」して黙ってしまうのもよくないのでしょう。
アンコンシャス・バイアスに気づき、考える機会がないまま放置されてしまっていることがさらに固定概念に拍車をかけてしまっている可能性があります。
それを示すように世界経済フォーラムによるジェンダーギャップ指数の調査では、2021年の日本の総合スコアは0.656、順位は156か国中120位(前回は153か国中121位)でした。先進国の中で最低レベル、アジア諸国の中で韓国や中国、ASEAN諸国より低い結果となり、全く改善の気配がありません。人口の半分を占める女性が十分に活躍できていないわけですから、十分活躍できている国に比べて経済が停滞するのも当然です。
先程の事例はジェンダーに関する講師の方のバイアスでしたが、これが企業の経営層や管理職層の発言だったらどうでしょうか。違和感を覚える人にとってはモチベーション低下につながるのではないでしょうか。
組織の中で同じような経験や知見、判断のパターンを積み重ねていくと、みなが同じようなアンコンシャス・バイアスでモノを見ている可能性があります。
加えて人はもともと自分と似たような考え方を持つ人に好感を持つ性質があります。
このため、多様性を意識しない限りは、異質な意見が排除され、同質性が高い人が評価されることで、同じような考え方を持つメンバーで居心地のよい組織となっていく傾向にあるという研究結果があります。このような組織はメンバーの考え方や価値観が似ているため、あうんの呼吸で物事が行われ「おかしい」と気づくことが難しく、また気づいたとしても声を上げる事が非常に難しい組織となっていきます。
上司からの指示があった場合にはなおさらです。
それが悪い形で表面化しているのが、相次いで発覚するデータ改ざんの不祥事です。
このような不祥事の要因として「モノがいえない組織風土」という言葉をよく耳にしますが、「モノを言うべき状況かどうかさえわからない」という状況になっていたのではないでしょうか。同質性の高い組織のリスクを重要視し、多様性がある意見をどうしたら集める事ができるかもう少し真剣に考えた方がよさそうです。
多様性の重要性について様々な実験結果を紹介している著書「多様性の科学(マシュー・サイド著)」の中で次のようなことが指摘されています。
銀行がせっかく雇った素晴らしい新卒の行員たちーそれぞれ違った背景を持ち様々なアイディアにあふれた若者たちーは組織文化に「適応」しようと次第に型にはまっていった(中略)みんなはじめは独自の視点や意見を持っていたのに、彼らの声は次第に聞こえなくなっていった。組織に「認められた考え方」に合わない声はかき消されていったのだ。
ある小説の中で下記のような場面がありました。ある事件の容疑者となった少年に話を聞きに、刑事が少年の家に行くという場面です。
【容疑者の少年の両親は少年が幼いころに離婚をしており、母子家庭とのことであった。少年は幼少のころから一人で留守番をしていることが多く、物静かな子供だったとのことである。この時間は、学校から帰っており母親が帰ってくるまで一人で留守番をしているとのことであった。母親が帰ってくる前に少年にあっておきたいと家を訪ねてみることにしました】
皆さんの頭の中に浮かんだ少年の家はどのような家でしょうか。少年はどのような服装をしていますでしょうか。
小説の中では、刑事が少年の家の住所に来ると重厚でセキュリティも厳重な、いわゆる「高級マンション」でした。少年の母親は医師で大変忙しい毎日を過ごしており、「少し意外」と刑事が驚いているということが書かれていました。
私が想像したのも小説で書かれたような風景ではありませんでした。しっかりアンコンシャス・バイアスの罠にかかっています。無意識なのですから避けようがありません。
ただ、無知、無防備でいるのではなく、自分にもアンコンシャス・バイアスがあり、それは他の人にとって違和感を覚えたり、不快に思ったり、ハラスメントの要素を含んだりする、時には大きな不祥事の背景になるものだということをまず知ることが大切だと思います。
「普通〇〇だ」という前に、一度自分の「普通」が本当に「普通」か、ちょっと思いとどまって考える、多様性のある意見を聞くということがアンコンシャス・バイアスによる「損害」を最小化することになると思います。
文:辻さちえ(公認会計士・公認不正検査士)
株式会社ビズサプリ メルマガバックナンバー(vol.150 2022.3.30)より転載
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