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【渋沢倉庫】新1万円札の顔「渋沢栄一」創業企業のM&A戦略は?

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渋沢栄一が設立した企業で唯一「渋沢ネーム」を持つ渋沢倉庫

近代日本における「資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一(1840~1931)。7月3日からは新1万円札の肖像画に起用され、文字通り「日本経済の顔」となる。生涯で500あまりの企業や団体の設立にかかわったとされ、その一つが渋沢倉庫だ。

誤解で解体された「渋沢財閥」の末裔会社

現在の上場企業では「渋沢」の名を冠した唯一の企業でもある。意外と少ないと言われるが、実は昭和初期までに多くの企業が渋沢家の経営から「卒業」している。栄一の死去からわずか5年後の1936(昭和11)年時点で、渋沢家の持ち株比率は第一銀行で2.9%、石川島造船所で1.9%、最も高い渋沢倉庫でも26.2%に過ぎなかった。

創業の地に立つ渋沢倉庫の本社(東京都江東区)
創業の地に立つ渋沢倉庫の本社(東京都江東区)

「渋沢」の名を冠する上場企業が渋沢倉庫1社だけなのも当然だろう。にもかかわらず、同社1社だけが「渋沢ネーム」であることに違和感を感じる人が多いのは、資本関係が希薄になっていたにもかかわらず、栄一が設立した企業群を世間が「渋沢財閥」と呼んでいたことだ。

他社の株式を管理していた「渋沢同族」の実態は渋沢家の資産管理会社であり、子会社を支配する目的で株式を保有する持株会社ではなかったのだが、世間からは「渋沢財閥の持株会社」と見られていた。いわゆる「渋沢財閥系」企業も「渋沢栄一が設立した会社」と認知されることがブランド向上につながると判断したのか、否定はしなかったようだ。

戦後の財閥解体で連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ)が渋沢同族を持株会社と誤解し、「渋沢財閥」という通称だけで財閥解体命令を受ける。GHQも再調査で間違いに気づき、渋沢同族に財閥指定解除を願い出るよう通知した。

だが、栄一の孫で渋沢家当主兼渋沢同族社長だった敬三が「それは世間が承知しないだろう」と指定解除を願い出ず、財閥解体を甘んじて受け入れている。栄一が「論語と算盤」で主張した経営道徳を重視した渋沢家らしいエピソードだ。

PBR1倍割れが続く

「渋沢ネーム」を継承した渋沢倉庫だが、1897年に創業した老舗企業ながら、早くから総合物流化に着手。付加価値の高い流通加工に強く、飲料や日用品分野で高い競争力を持つ。一方で不動産事業でも業界をリードしており、好立地の社有地を生かしたオフィスビルや物流施設の賃貸で高い収益を上げている。

海外でも中国主要都市に新たな物流拠点を新設しているほか、ベトナムの持分会社を通じて東南アジアでの物流機能も強化している。こうした取り組みもあって、外資系の荷主比率も高いという。

しかし、2024年3月の業績は伸び悩んだ。海上・航空運賃単価下落の影響などで、営業収益(売上高)は前期比7.7%減の602億8700万円、営業利益は同14.5%減の36億8900万円に落ち込む。さらに東南アジアの拠点であるベトナムでの内航船市況の悪化により、持分法投資利益が前期の2億6200万円から2億円に減少。その結果、経常利益も同2.8%減の46億3700万円の減収減益に。

とりわけ深刻なのが、PBR(株価純資産倍率)1倍割れの状況が続いていることだ。2023年3月期の0.59倍から2024年3月期に0.79倍と改善の兆しは見えるが、1倍割れからの脱却には程遠い。これは株主が会社を解散して手にする金額(解散価値)の方が、株式市場で売却する(株価)よりも高いことを意味する。

東京証券取引所は2023年3月に上場企業に対して「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請をした。上場企業にフォローアップ会議を実施し、経営者にPBR1倍割れをどのように改善するかの計画・開示を求めている。

M&AでROEとPBRの引き上げを狙う

渋沢倉庫自身にとってもPBR1倍割れはリスクを伴う。その際たるものが敵対的買収だ。例えばPBRが0.4〜0.5倍で推移していた工作機械メーカーのTAKISAWAは、ニデックに合意なき買収を仕掛けられ、TOB(株式公開買い付け)で完全子会社化された。

渋沢倉庫の時価総額は約507億円。254億円の資金があれば、同社を子会社化できる計算だ。実際にはTOBで株を入手するしかなく、買付価格にプレミアムを上乗せしなくてはいけないが、それでも高い障壁ではない。

渋沢倉庫はTOB引き上げに向けて、ROE(自己資本利益率)改善を急ぐ。ROEが8%を超えると、1%上昇ごとにPBRが0.15倍上昇するとされる。同社のROEは2024年3月期に6.0%。同社は「渋沢倉庫グループ中期経営計画2026」の中で、これを2027年3月期に7%以上、2031年3月期までに10%以上とする目標を掲げた。

具体的な施策の一つとして挙げられているのが成長投資としてのM&Aだ。ただ、現時点では動きは鈍い。2022年5月に静岡県を地盤に倉庫・運送業を手がける平和みらい(静岡市)を子会社化すると発表。同7月中に株式を追加取得し、持ち株比率を19.5%から61.8%に引き上げる。取得金額は非公表だった。

ようやくM&Aで「重い腰」を上げた

このM&Aは1991年に国内フェリー輸送会社の日正運輸(東京都江東区)を傘下に収めて以来、実に31年ぶりのこと。平和みらいは2016年に冷凍・冷蔵輸送のヤマコー・テクノ流通(静岡市)を子会社化していた。渋沢倉庫は平和みらいを買収することで静岡県に物流基盤を確保し、東西間の陸上運送におけるスイッチング拠点としての活用を狙った。

平和みらいが強味とするのは菓子・食品、日用品の共同配送。各メーカーの商品を自社物流センターに集めたうえで、さまざまな商品を1台のトラックに積み合わせて配送するもので、車両台数の削減やドライバー不足などに役立つと見たようだ。

渋沢倉庫は飲料・日用雑貨といった特定品目の取り扱いや、東名阪・千葉地区へのエリア・ルートの集中などが最大の強味。平和みらいを買収することで、自社の強味となる事業の拡充を狙ったのだ。

渋沢倉庫は2021年5月に策定した3カ年の新中期経営計画(2022年3月期~2024年3月期)で、物流事業の競争力強化に向けて重点課題に掲げた「強みの明確化」と「業域の拡大」を達成するため、M&Aを積極的に推進する方針を盛り込んでいた。平和みらいの買収はその一環だったと言える。

物流業界再編で、どう存在感を示すか

子会社化はしていないが、同3月には書類・フィルム保管、機密文書の廃棄などを手がけるデータ・キーピング・サービス(東京都千代田区)の株式を追加取得した。所有割合をこれまでの19.5%から49%に引き上げて持ち分法適用関連会社とした。

データ・キーピング・サービスの前身は第一勧銀書庫センター。渋沢栄一が設立と経営に関わった第一銀行の流れをくむ第一勧業銀行(現みずほ銀行)グループが、伝票・文書などの集中管理を目的に1972年に設立した会社だ。かつての「渋沢財閥」系企業の「里帰り」となった。

問題はこれからのM&Aターゲットだが、平和みらいや日正運輸のように自社事業との親和性がある倉庫・物流業、運送業が主力になる可能性が高い。シナジー効果を生かすことで自社の本業にも貢献させ、ROEを引き上げる「起爆剤」となるからだ。

「物流業界の2024年問題」の解決のためには、運送業だけでなく倉庫業を含めた物流生態系全体の効率化や高付加価値化が求められる。そのためにもM&Aは欠かせない。老舗企業である渋沢倉庫が物流業界再編で果たす役割に業界も注目している。渋沢栄一の新1万円札が発行される2024年に、M&Aで新たな1歩が記されるのだろうか。

渋沢倉庫の沿革

文:糸永正行編集委員

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