有名な事例では、1990年代に一世を風靡した米ロングタームキャピタルマネジメント(LTCM)の運用失敗がある。LTCMは元連邦準備制度理事会(FRB)副議長やノーベル経済学賞受賞者などの超エリートが参加し、最先端の金融工学を駆使した資金運用で注目されたヘッジファンド。
1998年に「ロシア国債が債務不履行(デフォルト)を起こす確率は100万年にわずか3回」とするシミュレーション結果をもとに、すでに下落が始まっていた同国債への投資を実施した。しかし、デフォルトが現実のものとなり、同社は経営破綻した。
経営破綻の責任はシミュレーションではなく、最終的に意思決定を下した人間にある。想定外の事態を予想できるのは人間だけだからだ。現在の人工知能(AI)でも、過去に起こった現象の解析には威力を発揮するが、未来予測は極めて弱い。
京都大学の西浦博教授は7月21日に開かれた厚生労働省の専門家会合で、東京の新規感染者数について「8月7日に1日3000人を超え、21日には同5235人に達する」と報告していた。これは「専門家による判断」というシミュレーションにはない要素を盛り込んだからだ。「悲観的すぎる」と批判された西浦予測だが、現実には予測よりも早く5000人を突破した。
東日本大震災でも「1000年に1度の大津波」を想定して発電所敷地を14.8mにかさ上げした東北電力女川原子力発電所と、そうした想定は「まだ十分な情報がない」と判断した東京電力福島第1原子力発電所で明暗が分かれた。
これもシミュレーションではなく、それを受けた人間側の判断と行動の問題だ。コロナ禍もシミュレーションの「当たり」「外れ」が問題ではなく、政府や自治体、企業そして国民が提示された予測から何を読み取り、どのように判断し、行動に移すのかが問題なのだ。
文:M&A Online編集部
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