銀行の風格を醸し出す佐賀中央銀行

佐賀銀行の創立に関わる一方の主役、佐賀中央銀行の源流にも見逃せない銀行がある。1885年から1931年年まで営業を続け、糸島銀行や栄銀行、さらに呼子銀行や肥前合同貯蓄銀行といった金融機関をM&Aした唐津銀行である。その本店は現在、唐津出身の建築家である辰野金吾の記念館として一般公開されている。

旧唐津銀行本店は内部も重厚な造り(タキザワあやこ/写真ac)

唐津銀行本店は1910年に着工し、1912年に竣工した。辰野金吾の弟子にあたる清水組の田中実が設計を担当し、装飾については京都高島屋が受け持ったという(唐津市・辰野金吾記念館ホームページより)。

銀行建築でおなじみの赤煉瓦に白い御影石、屋根の上に聳える小塔やドームなどの建築デザインは、辰野流だとすぐにわかり、風格を醸し出す荘厳な建造物だ。佐賀中央銀行、佐賀銀行の店舗としては1997年まで営業が続き、同年に唐津市に寄贈された。その後、2002年に唐津市指定重要文化財に、2017年には佐賀県指定重要文化財に指定。そして、2019年3月から辰野金吾記念館と称するようになった。唐津出身の偉大な建築家を顕彰する建造物として、多くの観光客や研究者などを迎えている。

現在は貸しイベント会場となっている旧佐賀銀行呉服元町支店

もう1つ、旧佐賀銀行呉服元町支店も銀行の風格を感じさせる建造物である。佐賀市呉服元町の商店街でシンボルとして親しまれた建造物で、1934年に建てられた。石造りを模した鉄筋コンクリート造りで4本の列柱が正面に並び、すっきりと、かつ重厚な建築デザインである。

この旧佐賀銀行呉服町支店はいったん佐賀市内の衣料品会社に売却されたものの、2002年から恵比寿ギャラリーという貸しイベント会場として活用されている。

順調すぎる?地場拡充戦略

佐賀銀行として創立されて以降は前述のとおり、大きなM&Aは実施していない。前述した「当行のあゆみ」で大きな動きを見ると、1961年に外為公認銀行として認可、1965年に東京支店の開設、1974年に福岡証券取引所に上場。その後、佐銀リースや佐銀ビジネスサービスなどの関連会社を設立する。1974年には外国為替コルレス承認銀行として認可され外貨証券の取扱いを開始し、佐銀コンピュータサービスを設立し、1965年には債券ディーリング業務取扱いを始めた。そして同年、東京証券取引所第1部に上場する。

時代は平成になり、1989年に福岡本部を新設、1990年には佐賀銀行文化財団を設立し、翌1991年には佐銀キャピタル(現佐銀キャピタル&コンサルティング)を設立。1994年には信託業務を開始する。そして1997年には個人預金残高1兆円を達成するまでに成長した。

だが……。2002年、佐賀銀行が総合的なリスク管理体制の構築を進めていた時期、予期せぬ出来事で足もとをすくわれることとなった。