1951年8月、光学部品メーカーとして創業した株式会社日本真空科学研究所。創業以来、60年以上にわたり構築してきた真空成膜技術を強みとして、デジタル一眼レフ市場を中心に大手カメラメーカー等へ精密部品を供給している。

しかし2015年2月、前代表取締役の飛田洋一氏が急逝。急遽、奥様である飛田睦子氏が株式を相続、あわせて代表取締役に就任されることとなった。それまで事業に関与されたご経験がなかった飛田社長は、事業の存続と安定を図るため、M&Aを決断。2017年2月、信頼できる会社への事業承継を実現された。

今回は飛田社長に、会社の経営を担うことになったときのご心境や、譲渡に至られた経緯、またその際に感じられたことなどを伺った。

お話:株式会社日本真空科学研究所 代表取締役社長 飛田睦子氏
聞き手:株式会社ストライク 代表取締役社長 荒井邦彦氏

夫の急逝後、4代目の社長になることを決断
同時に事業の安定を図るため、M&Aの検討を始めた

--M&Aを終えられた今のお気持ちをお聞かせください。

今は肩の荷が下りてホッとしている、というのが正直なところです。当社は1951年8月の創業ですから、今年で66年目を迎えました。創業者は義父ですが、早くに亡くなったため、義母が後を継ぎ、しばらく社長を務めた後に、夫が3代目の社長になりました。けれども、夫が急逝し、その後は私が4代目としてバトンをつないできました。私たち夫婦には子どもがいませんでしたので、今回、親族承継の流れが終わり、外部への承継となったのには感慨深いものがあります。

--4代目の社長になられた経緯を教えていただけますか。

2015年に夫が亡くなったとき、数人の幹部社員から、どうしても私に社長を継いでほしいと言われました。そうでないと会社が空中分解するか、よく知らない人が来て会社がどうなるかわからないから、と……。でも、社長になるわけですから、簡単に返事はできませんでした。

それまで私も監査という役割で会社に関わってはいましたが、経営となると全く別の話ですし、また私個人が借入金の連帯保証人となることにも、大きな戸惑いがありました。自信を持って経営ができるのなら、それも許容できたのでしょうが、当時の私は先のことどころか、目の前のこともおぼつかない状況でした。しばらく考えましたが、自分の人生を振り返ったときに、「私、あのとき逃げ出したな……。社員は今頃どうしているかしら……」と後悔するのは嫌だと思いましたので、会社の株式を相続して、4代目社長になる決心をしました。

--M&Aのご検討を始められたきっかけは?

急遽、事業を継いで4代目の社長となりましたが、まずは何をしなければならないのか?考えたのは、社員がこれから先、ずっと定年まで安心して勤め続けられる保証をつくることでした。
私の役割は、緊急時のピンチヒッターのようなものだと思っていましたので、私がない知恵を絞って頑張り続けるのではなく、将来、何があっても経営を安定させるための道筋をつけなければならない、と。そこで、経営を承継したのと同時に、もう一つの選択肢としてM&Aの可能性について手を打っておこうと思ったのです。社員に対する責任感だけでなく、私個人の問題として、急に背負うことになった連帯保証の重圧が重く心にのしかかっていたこともありました。