エフ・イー・シー(埼玉県狭山市)は、1975 年に設立された真空装置の部品メーカーである。設立当初は機械設計も行っていたが、80年代の半導体市場の拡大に伴い、同社の真空装置内技術の需要も増大。2000年に磁石を応用した非接触駆動伝達機構「マグトラン」という革新的な製品の開発に成功した。06 年、後継者不在を理由に、上場している真空装置メーカーに会社を譲渡。今回は、同社の創業者で前社長である野崎敦雄氏に、M&Aの体験と現在の生活についてお話を伺った。

妥協はせず、従業員の雇用を継続し、自社の技術を活用して事業をさらに発展させてくれるお相手を納得できるまで探しました

M&A をお考えになったきっかけは?

 自分の年齢が60 歳を越え、事業承継を考え始めたのがきっかけです。二人の娘がいましたので、どちらかの配偶者に会社を継いでもらえればという思いはありました。けれども、長女はハワイで生活しているため難しく、次女の夫を会社に入れて勉強させてみたのですが、彼は経営者というより技術者のほうが性に合っていたようで、これもまた難しかった。04年頃でしょうか、親族内での事業承継を諦め、M&Aを検討し始めました。

M&A の印象はどのようなものでしたか?

 M&Aについて、最初は「敵対的買収」など難しくてネガティブな印象を持っていました。ただ、海外の知人から「M&Aは創業者利益を得たり、より大きな会社に経営をお願いして会社を存続・発展させることができる」ということを教えてもらい、印象が変わっていきました。M&Aをしようと決断し、M&Aの専門家に相談したのは04年末のことです。

譲渡されるまでの経緯を教えてください。

 マグトランに興味を持った何社かと面談しましたが、納得できる相手と巡り合えず、最初はなかなか話が進みませんでした。当時は会社の業績も問題なく、自分も健康でしたので、何が何でもM&Aをするというより「良い相手がいたら譲渡しよう」という気持ちでもありました。妥協した相手にお願いするのではなく、従業員の雇用を継続してくれること、自社の技術を活用して事業をさらに発展させてくれること、この二つを実現させてくれる企業でなければ譲渡はしないと考えていたのです。

 最終的に買い手となったS 社は、同じ業界の会社だったので、名前くらいは知っていました。S 社に決めた理由は、上場企業だったこともありますが、M&Aの話を進めていく過程で担当の方が非常に紳士的だったこと、そして私たちの製品の良さをきちんと理解してくれたことが大きかったです。もちろん、従業員の雇用の継続も約束してくれました。S 社にお願いすれば、会社が今よりも発展するだろうという期待感を抱くことができましたね。

ウクレレ、陶芸、写真、料理、旅行——
自分のやりたいことをやっている今が一番楽しい

譲渡後の体制や業績について教えてください。

 会社名はそのまま変えず、私は代表権のない社長を2 年間務めました。その後、相談役、顧問を経て、M&Aの最終契約を締結してから3 年後に退任しました。M&Aの条件にはしなかったのですが、会社名を残してくれたのは、とてもうれしかったですね。社長の職についても、会社を譲渡してすぐに自分が離れるわけにいかないと考えていたので、自然な気持ちで引き受けました。

 引き継ぎ期間中にS 社から派遣された後継者を連れて、「次期社長ですので、よろしくお願いします」と多くの取引先や公的機関に挨拶に行きました。M&A後も業績が伸びて、S 社のグループ会社を含めた全体会議で業績を報告するときは誇らしかったです。

引退後の生活はいかがですか?

 業界に53年もいたので、引き継ぎも終わり、本当の意味で第一線を退いたときは寂しさを感じました。けれども、経営者のときにはできなかったことが、たくさんできるようになりました。趣味の陶芸、ウクレレ、写真、街歩き。料理を作るのも大好きで、一緒に暮らしている娘夫婦や孫たちのために、私が夕食のキッチンに立つこともしばしば。

 妻や家族と旅行にも行っています。ハワイに住んでいる長女のところには孫に会いたくなれば行き、2 週間ほど、のんびりと過ごしています。

 仕事の第一線からは退きましたが、毎日忙しくしています。私はのんびりするタイプではないので、自分のやりたいことをやっている今が一番楽しい。会社を手放したときは何とも言えない寂しさがありましたが、逆にM&A で会社を手放したからこそ得られる喜びもありますね。

振り返って、M&Aのタイミングについてどう思われますか?

 結果的にではありますが、08年末のリーマンショックの前に譲渡ができたのは非常に運がよかったです。おそらく、あのタイミングでなければ、M&Aを成就させることはできなかったと思います。もしM&Aが実現しなかったら、不景気で心労もたまったでしょうし、後継ぎがいないので、リタイアするタイミングを逸していたことでしょう。自分のことは自分で責任をとればいいですが、高齢で後継者もいない私についてこなければならない従業員は、不幸になっていただろうと思います。

 M&Aの譲渡額は自分が想定していたよりも低かったのですが、自分からもっと増やしてほしいとは一切、口にしませんでした。金額よりも従業員の雇用や今後の事業発展を重視して、S 社に譲渡すべきと考えていたからです。あまり欲を出さなかったことが、結果的にリーマンショックを回避できたのかもしれません。当時は業績もよく役員報酬もありましたから、欲まみれで会社を手放さずにいたら、大変なことになっていたでしょうね。

 仕事をやり切ったこと。そして、買ってくれた会社に「この会社を買ってよかった」と思ってもらえること。それが自分の誇りだと思っています。

本日は誠にありがとうございました。

M&A情報誌「SMART」より、 2013年4月号の記事を基に再構成
まとめ:M&A Online編集部