世界各国の俳優と監督が織りなす奇跡のムーブメント『私たちの声』

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すべて女性が主人公のショートストーリー 日本の主演は杏

アメリカ、イタリア、インド、日本…。世界各国を舞台にした7つ短編から成るアンソロジー映画『私たちの声』が9月1日に全国公開された。まるで映画フェスに参加しているかのような、充実感たっぷりのスペシャルプロジェクトだ。

ジェンダーの多様性が叫ばれる現代。「映画、芸術、メディアを通して女性を勇気づける」をスローガンに掲げる非営利映画製作会社<We Do It Together>の企画に賛同したキャストやスタッフが集結し、本作が誕生した。

7つのストーリーは、実話をモチーフにした作品から物語仕立てのフィクションまで、心を揺さぶる物語が勢ぞろい。主演は、ジェニファー・ハドソン、カーラ・デルヴィーニュ、エヴァ・ロンゴリア、マーシャ・ゲイ・ハーデン、マルゲリータ・ブイら各国を代表する俳優たち。日本版は『そこのみにて光輝く』(2014年)の呉美保監督がメガホンをとり、唯一無二の存在感を放つ俳優・杏がシングルマザーのユキを演じる。

しなやかな決意と勇気をもって人生の難局に立ち向かう主人公たちは、スクリーン越しの私たちに、力強い称賛やエールを贈ってくれる。

<STORY>

各国を代表する実力派の監督や俳優たちによる、7つのショートストーリー。今回はそのうち、3作品のあらすじを紹介する。

・『ペプシとキム』(制作国:アメリカ)

『ペプシとキム』/『私たちの声』
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人道支援に並外れた貢献をし、地域社会に変化をもたらした人々を称える米放送局 CNN のプログラム「CNNヒーローズ」で、2015 年のトップ 10 に選ばれた女性の実話に基づく物語。

幼い頃からドラッグや暴力、犯罪に囲まれて育ったキム(ジェニファー・ハドソン)。大人になり、薬物使用で逮捕されたキムは、解離性同一症(多重人格)を患っていた。重度の薬物中毒を克服するため、刑務所内でリハビリに取り組むうちに、彼女の壮絶な過去とその過程で生まれた”ペプシ”という、もう一人の人格が露わになっていく。

・『帰郷』(制作国:イタリア)

『帰郷』/『私たちの声』
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ロンドンで売れっ子建築家として活躍するアナ(エヴァ・ロンゴリア)。妹の訃報を受け、多忙な仕事の合間を縫ってイタリアへ帰郷する。

多くの問題を抱えていた母や妹と長い間音信不通だったアナは、帰郷して初めて、妹に幼い娘がいることを知る。父親の存在はわからない。

仕事第一の人生を選び、子育てをする時間も願望もないアナは、自分の代わりに姪を育ててもらえるところを探そうと奔走する。

・『私の一週間』(制作国:日本)

『私たちの一週間』/『私たちの声』
Ⓒ WOWOW

シングルマザーのユキ(杏)は、トワとアヤという 2 人の子どもたちを育てるために、毎日休みなく働いている。

ユキの朝はせわしなく始まる。朝食を作り、洗濯をし、掃除機をかけ、アヤを小学校へ送り出した後にトワを保育園へ送り届け、経営するお弁当屋へ。夕方に子どもたちを迎えに行き、習い事に連れて行く。帰宅すると夕食を作り、お風呂、寝かしつけのあと、新しいお弁当のメニューを考え、日が変わった頃に眠りにつくという多忙なルーティンを繰り返す。

1本約15分。ひとさじで心に染みるショートフィルムの魅力とは

この映画に登場する7つの短編は、どれも1作品15分ほどの短い尺で描かれている。

ジェンダーの多様性や女性へのエンパワーメントといったテーマのもと、メッセージ性をこめた作品をつくる際、限られた時間内で表現するのは、決して容易ではないはずだ。

筆者は文筆業を生業としているが、文章の執筆もそれと同じ。短い文章でエッセンスを凝縮して伝えることの難しさを、日々痛感している。

ある程度長めの文章ならば、登場人物の心理や背景にあるエピソードなど、読者の理解が深まるよう、具体的なことばで伝えることができるが、短い文章では、そうはいかない。要点や情報を取捨選択し、どの場面にフォーカスすべきか、難しい選択が迫られる。

今回、『私たちの声』を鑑賞し、実感したことがある。それは「優れた短編映画には、観る者の想像力を刺激し、イメージを広げ、思考を促す力がある」ということだ。

薬物中毒を抱えながら、未来を切り拓こうとする女性、ホームレスたちに煙たがられても、強い信念で往診を続ける女医、建築家として活躍する一方で、故郷や家族と疎遠になってしまった女性——。

7作品に登場する女性主人公たちは、いろいろな立場や複雑な社会背景を背負っているが、短編としての性質上、すべてを明かすことなく物語は進行していく。

だからこそ観る者は、自分なりの想像や解釈を自由に働かせ、どの主人公に対しても共感や共鳴を深めることができるのだ。

日常というルーティンの向こう側

正直に言ってしまうと、7作品のなかで、筆者の目頭をもっとも熱くしたのは、日本が制作した『私の一週間』である。

実生活で“小さな子どもを育てながら、仕事をする母”という共通点をもつ呉美保監督と俳優の杏さんがタッグを組み、シングルマザーを主人公にした珠玉の作品が誕生した。

ユキは、小学生の女の子・アヤと、保育園児の男の子・トワの二人の子どもをもつ母であり、お弁当屋さんの経営者という顔ももっている。

『私たちの一週間』/『私たちの声』
Ⓒ WOWOW

子どもたちとの三人暮らしは、毎日が戦場のような忙しさだ。朝のタスクを並べると、朝食の準備に始まり、洗濯、掃除、子どもたちの歯磨きや着替えのサポート、自分の身支度。学校や保育園に送ったあと、自転車で自分の職場へ。……ふう。

こうしたタスクだけを取り出すと、日常は単なるルーティンの繰り返しに見えるが、果たしてそうだろうか。

シングルマザーに限らず、人は忙しさに追われると、つい弱音を吐いたり、イラッとしたり、冷静さを失ったりする。筆者も時として、できない言い訳ばかり探してしまう。

しかし、そんな中でもユキは、できるだけ子どもたちの顔を見て、言葉に耳を傾け、一緒に笑ったり泣いたりしながら、毎日を全力で生きている。どんなに忙しくても、自分にとって、もっとも大切なものは何か、ユキにはちゃんとわかっているのだ。

三人の暮らしを見ていると、日常は決して繰り返しではなく、かけがえのない、特別なものであることが伝わってくる。

筆者のお気に入りは、映像のあちこちに登場する、ユキの料理シーン。杏さんの流れるような手際のよさやリズミカルな動きは、観る者を魅了する。彼女がつくる美味しそうな料理やお弁当は、見ているだけで心がほっこり温まる。

「この映画をひと言で表現するなら?」と聞かれたら、「大切な人のために手間をかけ、心をこめて調理した、ホカホカのおみそ汁やフワフワの卵焼きのような作品」と答えたい。

文:小川こころ(文筆家/文章スタジオ東京青猫ワークス代表)

<作品データ>
タイトル:『 私たちの声 』
監督:タラジ・P・ヘンソン、キャサリン・ハードウィック、ルシア・プエンソ、呉美保、マリア・ソーレ・トニャッツィ、リーナ・ヤーダヴ、ルチア・ブルゲローニ&シルヴィア・カロッビオ
出演:ジェニファー・ハドソン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、カーラ・デルヴィーニュ、エヴァ・ロンゴリア、杏、マルゲリータ・ブイ、ジャクリーン・フェルナンデス
2022年/イタリア、インド、アメリカ、日本/英語、イタリア語、日本語、ヒンディー語/ 112 分/カラー
原題:Tell it like a woman
製作・企画・プロデュース:WOWOW /配給:ショウゲート
9 月 1 日(金)新宿ピカデリーほか 全国ロードショー
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『私たちの声』ポスタービジュアル

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