関東大震災から100年 封印された虐殺事件を映画化した『福田村事件』

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©「福田村事件」プロジェクト2023

数々のドキュメンタリーを手がけた森達也監督が挑む、初のフィクション

関東大震災の発生から5日後。千葉県東葛飾郡福田村(現・野田市)で、香川県からの行商団が殺害される、残虐な事件が起こった。被差別部落から来た薬売りの行商団一行は、関東人には聞きなれない讃岐弁を話していたことから朝鮮人と決めつけられ、村の自警団に惨殺された。

この事件を題材にした映画『福田村事件』が、震災100年目となる2023年9月1日より全国公開される。

監督の森達也氏は、これまでオウム真理教の信者に迫った作品など、数々の社会派ドキュメンタリーを手がけてきた。今作で監督は初となる劇映画に挑戦。長い間歴史の闇に葬られてきた事件に着目し、実話に基づいたフィクション形式で映画化した。

<STORY>

1923年、日本統治下の京城(現・ソウル)で教師をしていた澤田智一(井浦新)は、妻の静子(田中麗奈)を連れ、故郷である千葉県福田村に帰ってきた。澤田は、日本軍が朝鮮で犯した虐殺事件を目撃していたが、その事実を妻の静子にも隠していた。

ちょうど同じ頃、沼部新助(永山瑛太)率いる薬売りの行商団15人は、関東地方へ向かうため、四国の讃岐(香川県)を出発。千葉県を訪れ、商いに精を出していた。一行の中には、幼児や妊婦もいた。

『福田村事件』場面写真1
©「福田村事件」プロジェクト2023

その年の9月1日、空前絶後の大地震が関東地方を襲う。家々や建物が倒壊し、大火災が発生。多くの人々が命を失った。社会の混乱が高まる中、「朝鮮人が略奪や放火をした」「井戸に毒を入れた」などの流言飛語が飛び交い、真に受けた人々が朝鮮人を襲い、殺傷する事件が各地で起こっていた。

9月6日、沼部たちの行商団は、福田村から次の土地へ向かうため、利根川の渡し場に向かう。しかし、渡し守の田中倉蔵(東出昌大)との小さな口論による行き違いがきっかけで、興奮した村人たちの集団心理に火がつき、大虐殺を引き起こしてしまう――。

『福田村事件』場面写真2
©「福田村事件」プロジェクト2023

なぜ村人は根拠のないデマを信じたのか

疑心暗鬼に陥った群衆は暴走し、行商団15人のうち、幼い子どもや妊婦を含む9人が、とび口や日本刀、猟銃などで惨殺される。この殺りくシーンの描写は、じつに映画の3分の1を占めている。

人間とは、こんなにも恐ろしい生き物なのか。自分だって、もしもあの現場にいたら、村人と同じような行動をしてしまうのではないか。スクリーンを凝視しながら、言いようのない息苦しさと震えに襲われた。

人は、一人では生きられない。家族や仲間、組織、社会という群れの中で生きている。人の集団やグループには、個人にはない、特有のバイアス(心の働きの揺らぎや歪み)が生じる。

『福田村事件』場面写真3
©「福田村事件」プロジェクト2023

集団の中での同調は、個人では思いつかない素晴らしいものを生むこともあれば、反社会的行動に駆り立てることもある。

森監督は、映画に込めた思いをこんな言葉で語っている。

「不安や恐怖を感じたとき、群れは異質なものを見つけて攻撃し、排除しようとする」「こうして虐殺や戦争が起きる。悪意などないままに。善人が善人を殺す。人類の歴史はこの過ちの繰り返しだ。だからこそ知らなくてはならない」と。

『福田村事件』場面写真4
©「福田村事件」プロジェクト2023

加害者の視点も描いて

悲劇の実話を基にした映画をつくる場合、被害者の視点で描かれることが一般的だ。なぜなら、被害者と加害者の区別が明確になり、視聴者は、被害者への感情移入がしやすくなるからだ。

しかし今作で、監督がこだわったのは、被害者側だけでなく、加害者側の視点も描くことだった。いや、それだけではない。権力にへつらい、社会主義者や朝鮮人をやり玉にあげる報道の視点、事実を伝えようと奔走する女性記者の視点、村人の行動に疑問を持つ澤田夫妻の視点など、多様な立場の人たちの生き方や考え方を繊細に描き出している。

『福田村事件』場面写真5
©「福田村事件」プロジェクト2023

「人間は冷酷で残虐だから凶暴な行動に出るわけではない。集団心理の混沌をカテゴライズで区切らず、どれだけ個人と個人の衝突や葛藤として描けるか。それが最大の勝負になる」と、言葉に力をこめる森監督。

人は不安や恐怖を感じたとき、群れをつくり、異質なものを敵とみなす。この映画で描かれているのは、過去の人間ではない。今を生きる私たちの姿だ。

差別や偏見は、普通の人たちがつくり出している。私たちのだれもが、加害者となる可能性があるのだ。

文:小川こころ(文筆家/文章スタジオ東京青猫ワークス代表)

<作品データ>
タイトル:福田村事件
監督:森達也
出演:井浦新 田中麗奈 永山瑛太  東出昌大 コムアイ 木竜麻生 松浦祐也  向里祐香 杉田雷麟 カトウシンスケ
2023年製作/137分/PG12/日本
配給:太秦
9月1日(金) テアトル新宿、ユーロスペースほか全国公開
公式サイト:www.fukudamura1923.jp
©「福田村事件」プロジェクト2023

『福田村事件』ポスタービジュアル

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