#Me Too運動を題材に映画業界の闇を描いた『アシスタント』

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(C)2019 Luminary Productions, LLC. All Rights Reserved.

ワインスタイン事件を想起させる話題作

まだ記憶に新しい、ハーヴェイ・ワインスタイン事件。ハリウッドの大物プロデューサーだったワインスタインが多くの女優やスタッフから性的ハラスメントの被害で訴えられ、世界中を揺るがせた。この事件がきっかけとなり、2017年に「#Me Too運動」のムーブメントが巻き起こったのだ。

6月16日より全国順次公開する映画『アシスタント』は、『ジョンベネ殺害事件の謎』などで知られるドキュメンタリー映画作家のキティ・グリーンが「#Me Too運動」を題材に、今日の職場における問題を掘り下げた初の長編映画だ。

昨今、日本の芸能界でも、性別を問わずパワハラやセクハラ被害を告発する声が相次いでいる。ハラスメントはエンタメ業界に限らず、多くの職場や教育現場などでも顕在化し、社会問題となっている。

憧れの映画業界で気づいた、誰もが見て見ぬふりをしている「闇」——。

ドキュメンタリーのように真実を探求する気持ちで、この作品と出会ってほしい。

『アシスタント』画像1
© 2019 Luminary Productions, LLC. All Rights Reserved.

憧れの映画業界で気づいた、ハラスメントの<闇>

主人公は、名門大学を卒業したばかりのジェーン(ジュリア・ガーナー)。映画プロデューサーという夢を抱いて激しい競争を勝ち抜き、有名エンターテインメント企業に就職した。

業界の大物である会長のもと、ジュニア・アシスタントとして働き始めたが、そこは華やかさとは無縁の殺風景なオフィス。早朝から深夜まで平凡な事務作業に追われる毎日。常態化しているハラスメントの積み重ね……。

しかし、彼女は自分が即座に交換可能な下働きでしかないということも、将来大きなチャンスを掴むためには、会社にしがみついてキャリアを積むしかないこともわかっている。

『アシスタント』画像2
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ある日、会長の許されない行為を知ったジェーンは、この問題に立ち上がることを決意するが――。

膨大な実話をもとに練り上げられた、新人アシスタントのある一日

本作では、憧れの業界に理想を抱いて入社した新人アシスタント、ジェーンの視点を軸に、ある一日の職場のできごとが描かれている。

早朝に出社し、各部屋の照明やPCなどの電源を入れる。コーヒーメーカーをセットする。上司に依頼されたデータをプリントアウトし、会議資料を作成する。水や薬などの備品を補給する。上司や同僚のランチを手配する。上司の出張にともなう飛行機やホテルを手配する。上司のデスクや会議室などのゴミ収集、片付け、食器洗い、郵便物の受け取りと中身の確認……。

『アシスタント』画像3
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これらの事務作業に加えて、上司夫妻のいざこざに巻き込まれ、二人から電話で何度も怒鳴られる。先輩たちの業務を押しつけられる。どんなに理不尽な理由でも、上司の機嫌を損ねたら「もう二度と失望させません」と謝罪文を書かされる。突然、子守りを任される。食事や休憩をとる時間もなく、給湯室でシリアルを立ち食いする。上司が呼び寄せた女性をホテルに連れていく。もう、ここまでくると、アシスタントとは何をする人なのか、仕事っていったい何なのか、わけがわからなくなってくる。

『アシスタント』画像4
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グリーン監督は制作に先立ち、映画やテレビ業界をはじめ、多くの職場や教育現場に携わる女性たちから直接話を聞き、そこにはびこる問題をていねいにリサーチした。すると、セクハラやパワハラ、心理的に追い詰める言葉のハラスメントが、弱い立場の従業員や若い女性に日常的に向けられる実態が浮かび上がってきた。

「何千もの具体的な事実を練り上げて再現し、ヒエラルキー最下層にいる人物の1日の行動を1時間半の映画体験に凝縮した」と語る、グリーン監督。徹底したリサーチに裏付けされたフィクションだからこそ、観客は主人公ジェーンの視点から、この世界の歪みやひずみに気づくことができるのだ。

「わたしはどうする?」という問いに対する、あなたの答えは?

ジェーン役のジュリア・ガーナーの卓越した表現力は、観る者を捉えて離さない。

スクリーンの中の彼女は、感情を表に出さず、必要以上に言葉を発することもない。それなのに、繊細な目の動きやふるまいから、戸惑いや焦り、怒り、そして、筋の通った倫理観を豊かに感じとることができる。

どんな仕事をしても、だれと話をしても、まるで透明人間のように、存在感を消しながら生きているジェーン。そばに駆け寄って、ぎゅっとハグしたくなるシーンが何度もあった。

そんな彼女を見ていると、自分の新人時代や、同僚、後輩たちのさまざまな場面がよみがえり、忘れかけていた心の重みがずしりと広がっていく。

『アシスタント』画像5
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この映画の結末は、観る者によって異なるはずだ。キャッチコピーの「わたしはどうする?」という問いに、あなたはどう答えるか。その答えが、見て見ぬふりを続けてきた社会を変革する鍵となるだろう。

文:小川こころ(文筆家/文章スタジオ東京青猫ワークス代表)

<作品データ>
監督・脚本・製作・共同編集:キティ・グリーン
出演:ジュリア・ガーナー、マシュー・マクファディン、マッケンジー・リー
製作:スコット・マコーリー、ジェームズ・シェイマス、P・ジェニファー・デイナ、ロス・ジェイコブソン
サウンドデザイン:レスリー・シャッツ 音楽:タマール=カリ キャスティング:アヴィ・カウフマン
2019年|アメリカ|英語|87分|2:1|カラー|原題:The Assistant
配給・宣伝:サンリスフィルム
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『アシスタント』ポスタービジュアル
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