2023年上半期の映画興行収入ランキングをみると、第1位『名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)』(132.3億円)、第2位『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(126.4億円)の2本がすでに100億円を超えている。歴代興収ベスト100ランキングを次々と塗り替えた昨年に続き、今年の国内映画市場も活況を呈しているのがわかる。
圧倒的なアニメ優勢の中、実写で気を吐いているのが、劇場版『TOKYO MER~走る緊急救命室~』だ。最終興収45億円超えが狙える大ヒットを記録している。TBSの日曜劇場枠で放送されたテレビドラマの映画化だが、事故や災害の際にはオペ(手術)室を搭載した大型車両=ERカーで現場に駆け付け、自らの危険を顧みず患者を救おうと奮闘する救命救急のプロフェッショナルチームの姿を描く。
2023年上半期の映画興行収入ランキング(1月~6月) *は公開中
順位 | 映画名 | 興行収入 | 公開日 |
---|---|---|---|
1 | 名探偵コナン 黒鉄の魚影 | 132.3億円 | 4/14* |
2 | ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー | 126.4億円 | 4/28* |
3 | 劇場版TOKYO MER 〜走る緊急救命室〜 | 44.2億円 | 4/28* |
4 | 映画ドラえもん のび太と空の理想郷 | 43.0億円 | 3/3 |
5 | 鬼滅の刃 上弦集結、そして刀鍛冶の里へ | 40.6億円 | 2/3 |
公開資料を基にM&A Online集計(2023年7月5日時点)
新しいタイプの医療ドラマとして注目を集める「TOKYO MER」をドラマから演出を担当している松木彩監督にインタビュー。初監督の映画が大ヒットした理由を聞いた。
──興行収入44億円突破おめでとうございます。初監督となる映画で本年度上半期実写ナンバーワンの興行収入となりました。まずは企画のきっかけからお聞かせください
世界中が新型コロナウイルスの猛威に戦慄する中で、患者のために危険を顧みず、未知のウイルスに挑んでいたすべての医療従事者の方々へのリスペクトとエールを込めたドラマを作りたいと高橋正尚プロデューサーが中心となって企画を立ち上げました。
当時はコロナ禍で、病院内のロケはどうするんだろうと思いつつ、企画書を読んでみると、事故現場での撮影が中心で、通常の医療モノに出てくる病院の内部シーンは本当に少ない。新しいタイプの医療ドラマで、今だからこそ作るべきなんだという想いに強く共感しました。
私はチーフディレクターとしてドラマを演出するのはこの作品が初めてでしたが、挑む価値があると思いました。
──松木監督にとって初めての映画ですが、映画化の話はいつ、決まったのでしょうか
最初から映画化が視野にあったわけではなく、映画化できるくらいのスケール感でドラマを作ろうと始めたところ、予想以上に大きな反響をいただいたのです。映画化の話を聞いたのはドラマの撮影が佳境に入っていたころでした。当時はドラマのことで精一杯で、うれしさよりも“まずはドラマをきちんと完結させなくては”という気持ちが勝っていました。
実はドラマの最終回を放送の2日前まで撮影していたほど大変な現場だったのです。最終回は扉が閉まるカットで終わるのですが、そのシーンの編集が終わって、ようやく映画化への実感がわいてきました。
──ドラマが好評でしたから、映画もヒットすると期待していましたか
基本的に、商業的なことは私の耳に入れないように周囲が配慮してくださっていたのではないかと思います。「興収を意識しろ」と言われても、私にはそんな器用なことはできなかったと思いますし(笑)。“ドラマの延長線上として、とにかくいいものを作らなくては”という一点に集中することができました。
公開前はみんなで「20億円いけたらいいね」と話していましたから、割と早い段階で東宝の方から「30億円以上、いけるかもしれないですよ」と言われたときは、数字が大きすぎて正直なところ実感が湧きませんでした。
──ヒットした要因についてはどうお考えですか
分析が下手なので、ヒットした要因はよくわからないのですが、日曜劇場というTBSの先輩方が繋げてきてくださった素晴らしい枠で、ひと夏やらせていただいたことが何より大きかったと思います。
キャストや技術スタッフとともに、“日曜劇場の名に恥じないドラマにするぞ”と情熱を持って取り組んだ半年間が映画化に繋がり、その思いを持ったまま映画に取り組んだところ、ドラマから見てくださっていた方に届いた。それがヒットの要因であるのなら、とても光栄なことです。
「TOKYO MER」を初めてご覧になった方の声も聞きますが、ドラマを見ていなくても伝わるような作品になっていたのだとすれば、それはキャストや技術スタッフがドラマで培ってきたものがあったからこそ。そのような作品に仕上げることができていたのなら、監督冥利に尽きます。
――映画版で工夫した点はありますか
まずは美術セットです。横浜ランドマークタワーの非常階段部分にあたる11メートルの高いセットや火を焚く火事場を作らなくてはなりませんでしたが、都内では難しく、今回は群馬県伊勢崎市にある倉庫をお借りしました。
安全第一ですから、美術部さんもヘルメットを着用して作業されたのですが、真夏でしたから、とにかく暑くて、体調を崩さないか本当に心配でした。
美術部さんが寝る間も惜しんでこだわって作ってくださったお陰で、あのセットができたのです。完成したセットに入ったとき、「こんなところからはとても脱出できない」と思うくらい説得力のあるセットになりました。役者さんも気持ちが上がったと思います。
ドラマのセットを作るときは、カメラが映る範囲までしか作らないことがよくあります。しかし、この作品では360°カメラを回しますから、どこを映しても大丈夫というこだわりのセットをどのシーンでも作ってくれました。
劇場版ではドラマ以上のものを作ろうと美術部さんのプロ意識に助けられましたね。改めて凄いなと思いました。
──ほかにも制作過程でドラマとの違いはありましたか
お客さんは2時間、集中してスクリーンを見ているので、映像も音楽も細かいところまで気が抜けません。
たとえば小雨の中での撮影中、遠くで傘を差している一般の方が映ったことがありました。テレビやスマホで見ていたら気がつかないレベルの映り込みですが、「スクリーンでは目立つ」と言われて、撮り直しました。
オペ室のシーンで埃(ほこり)がふわっと舞ってしまってもドラマでは一切気にしませんでしたが、辻本珠子プロデューサーから「スクリーンに映るときは400倍くらいの大きさになるから、今、豆粒くらいでも、映画館で見ると人間の顔くらいの大きさになる」と教えていただき、埃は編集の段階で消しました。埃一つにしても、大きいスクリーンで見ていただく緊張感で作らなければいけないことを学びました。
音に関しては、炎の音、水音、風音、人の足音や小さな息遣いなどをより立体的に表現する立体音響を経験しました。ドラマでは音楽を入れると効果音や細かな息づかいは多少諦めなければならないことがあります。映画で同時に流せたのは、うれしかったですね。音だけに何週間も時間を掛け、一つ一つの仕上げを丁寧に行いました。撮影まではドラマと同じような作業をしている感覚でしたが、仕上げのときに”映画を撮っているんだ”と実感しました。
──ドラマではできなかったけれど、映画だからできたことはありましたか
CG(コンピューターグラフィックス)と空撮ですね。ランドマークタワーは高すぎて、空撮でなければ撮れないので、ヘリを昼と夜で2回飛ばしました。実はドラマでも全11話の中で1回だけ飛ばしたのですが、映画では2時間で2回。贅沢だなと思いつつ、うれしかったです。CGもスタッフの皆さんが、爆発や炎をこだわって作ってくださったおかげで、作品のクオリティが高まりました。
──本作のターゲット層は
日曜劇場という枠はビジネスパーソンがターゲットと思われがちですが、老若男女問わず、みなさんに届けたいと思って放送しています。
特に「TOKYO MER」は夏休み期間でしたので、普段以上に子どもたちにも届くよう、本当の意味での老若男女に向けて作っていました。それは映画版でも同じです。大人から子どもまで、みなさんに楽しんでいただける作品にしたいと思って作りました。
──TBSでは今年になって、塚原あゆ子監督が『わたしの幸せな結婚』、宮武由衣監督が『魔女の香水』を撮っています。女性ディレクターの積極的な登用が行われているのですか
先輩は男性の方が多いのですが、少なくとも私は“女性だから”と苦労をした記憶はあまりないですし、逆に女性だからという理由で積極的に登用されることもありません。性別にこだわらず、フラットに個人を見てくれる風潮がTBSにはあると思います。
「TOKYO MER」も普通なら男性監督が撮りそうな作品だと思いますが、私は派手なエンタメが好きなので、そこを見込んで監督に起用していただいたと思っています。たくさんの女性の先輩方が活躍しているおかげでいまの風潮が作られたと思うので、自分は恵まれているなと感謝しています。
──次はどのような作品ですか
7月11日からはじまる福原遥さんと深田恭子さんがW主演の火曜テレビドラマ「18/40~ふたりなら夢も恋も~」を演出します。大先輩の福田亮介チーフディレクターが手掛ける作品で、私は4話以降に参加します。「TOKYO MER」とはまた違う形の命を描く作品で、優しい気持ちになれるドラマにできたらと思っています。
福田ディレクターは「初めて恋をした日に読む話」、「下剋上受験」、「ダメな私に恋してください」で深田恭子さんと組んでいましたが、私はそれらの作品が大好きだったんです。今回、このチームに参加させていただけると思うと、すごくうれしい。1回も血糊を使わない作品は久しぶりで(笑)、世界観も全く違うので、新鮮な気持ちで日々勉強させていただいています。
TBSのドラマはラブコメやサスペンス、エンタメ…と何でもあるので、どこのチームに参加しても学ぶべきことがたくさんあります。特に今度のクールはドラマがバラエティーに富んでいるので、その辺りも注目してご覧いただけますと幸いです。
取材・文:堀木三紀/編集:M&A Online
<PROFILE>
松木彩(まつき・あや)監督
1987年生まれ。宮城県仙台市出身。2011年TBSテレビ入社。
第105回ザテレビジョンドラマアカデミー賞監督賞(2020年「半沢直樹」、福澤克雄、田中健太と共同)を受賞。主な作品は「半沢直樹」「テセウスの船」「下町ロケット」。
劇場版『TOKYO MER~走る緊急救命室~』
<STORY>
【TOKYO MER】――オペ室を搭載した大型車両=ERカーで事故や災害現場に駆け付け、自らの危険を顧みず患者のために戦う、都知事直轄の救命医療チームである。彼らの使命はただ一つ…『死者を一人も出さないこと』。
横浜・ランドマークタワーで爆発事故が発生。数千人が逃げ惑う前代未聞の緊急事態に。「待っているだけじゃ、救えない命がある」と考えるチーフドクター・喜多見はいち早く現場に向かうべきと主張するが、厚生労働大臣が新設した冷徹なエリート集団【YOKOHAMA MER】の鴨居チーフは「安全な場所で待っていなくては、救える命も救えなくなる」と真逆の信念を激突させる。
地上70階、取り残された193名。爆発は次々と連鎖し、人々に炎が迫る!混乱のなか重傷者が続出するが、炎と煙で救助ヘリは近づけない。まさに絶体絶命の危機…さらに、喜多見と再婚した千晶もビルに取り残されていることが判明。千晶は妊娠後期で、切迫早産のリスクを抱えていた…。絶望的な状況の中、喜多見の脳裏に最愛の妹・涼香を亡くしたかつての悲劇がよぎる――
もう誰も、死なせはしない。命の危機に挑む医療従事者たちの、勇気と絆の物語。
<作品データ>
監督:松木 彩
脚本:黒岩 勉
出演:鈴木亮平 賀来賢人 中条あやみ 要潤 小手伸也 佐野勇斗 ジェシー(SixTONES) フォンチー
菜々緒 杏
徳重聡 古川雄大 渡辺真起子 橋本さとし 鶴見辰吾 仲里依紗 石田ゆり子
配給:東宝
© 2023劇場版『TOKYO MER』製作委員会
公式サイト:https://tokyomer-movie.jp/
全国東宝系にて公開中