女子高生の自殺を題材に韓国社会の歪みを告発する『あしたの少女』

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各国の映画祭を席巻した社会派ヒューマンドラマ作品

現場実習生として大手通信会社のコールセンターで働き始めた女子高校生が、わずか3カ月後に自ら命を絶った。『あしたの少女』は2017年に韓国の全州市で起こった衝撃的な実話をベースにした社会派ヒューマンドラマ作品である。メガホンを取ったのは、2014年に『私の少女』で長編映画デビューしたチョン・ジュリ監督。前作に引き続き、本作でも脚本を書いている。

第75回カンヌ国際映画祭で韓国映画として初めて「批評家週間」のクロージング作品に選定され、第42回アミアン国際映画祭で3冠、第26回ファンタジア国際映画祭で2冠を獲得。第23回東京フィルメックスでは審査員特別賞を受賞した。『私の少女』で刑事役のユジンを演じたぺ・ドゥナが本作でも同じ役を演じている。

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<STORY>

全州市在住の女子高校生ソヒは、担任教師から大手通信会社の下請けのコールセンター運営会社を紹介され、実習生として働き始める。しかし会社は顧客の解約を阻止するために従業員同士の競争をあおり、契約書で保証された成果給も支払おうとしなかった。

そんなある日、指導役の若い男性チーム長が自殺したことにショックを受けたソヒは、自らも孤立して神経をすり減らしていく。やがて凍てつく真冬の貯水池でソヒの遺体が発見された。捜査を担当する刑事ユジンは、彼女を自死へと追いやった会社の労働環境を調べ、いくつもの根深い問題をはらんだ真実に迫っていくのだった……。

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実話を忠実に再現した前半から構造的問題を浮き彫りにする後半へ

本作の英語タイトルは「Next Sohee(次のソヒ)」。競争を過度に強いる歪んだ社会の犠牲になったソヒの悲劇を再び起こしてはならない。そんな監督の強い思いが伝わってくる。

作品の前半は女子高校生が自死に追い込まれるまでを描いた。実際に起きた事件を忠実に再現したという。コールセンターでのソヒの仕事ぶりは、“高校生の職業実習”という文言から受ける印象とは程遠い。インカムを付けて、ひっきりなしにかかってくる電話に対応する。解約をさせないようマニュアル通りに受け答えをして、解約させてもらえない顧客から罵詈雑言を浴びる日々が続く。実習生の身分だがノルマの達成を求められ、解約阻止の件数が少ないソヒは、「営業所全体の成績を下げている」とチーム長に詰られる。劣悪な仕事環境に嫌気がさしたソヒは高校の担任教師に相談するが、実習を続けるよう頭ごなしに説得されてしまう。生徒が実習を辞めると就職先を逃し、ひいては学校の就職率が下がり教育庁からの補助金が減らされるというのだ。

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コールセンターで解約を求める顧客を説得していたソヒが、担任教師から実習の中止を思いとどまるよう説得される。なんという皮肉だろうか。実習先の会社も、高校の教師も、自己の利益しか考えていない…。真冬には似つかわしくないサンダル姿で貯水池の水辺にソヒが佇んだのは、担任教師を訪れた直後だった。

「就業率の向上」に学校も教育庁も捕らわれた末に悲劇は起きた

本作の後半はチョン・ジュリ監督の創作で、ソヒの自死事件に違和感を覚えた女性刑事ユジンが事件の本質に迫っていく。コールセンターの運営会社に不審を抱いたユジンは、通常の自殺として片付けようとする上司の制止を振り切って捜査を続行。ソヒの学校の友人、趣味だったダンススクールの仲間、学校の教頭や担任教師、そしてソヒが死ぬ前に立ち寄って飲食をした店の女主人…。生前のソヒの人となりや行動を調べるうちに、ユジンは若者たちが仕事場で理不尽な扱いをされ、孤立して希望を持てなくなっている現状に気づく。生徒を企業に送り出す学校も、補助金の交付で学校を支援する教育庁も、就業率の向上という命題に捕らわれるあまり、若者たちが抱える悩みを見て見ぬふりをしているのだった。地元の教育庁では就業率重視の言い訳として、こんなことまで言われた。「地方の教育庁ではどうしようもないこと。あなたはどこまで上に言いに行くつもりなの」。捜査中に幾多の怒りと悲しみを覚えてきたユジンは、社会システムの歪みが一人の女子高校生を死に追いやったという事件の本質に辿り着き、無力感に苛まれていく――。

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世論を動かし、社会を変える映画の力を見せつけた作品

映画はラストで一筋の光明をかすかに感じさせるのだが、現実においても2023年2月の本作の公開をきっかけに職業系高校の現場実習生の保護を求める声が高まり、それが「職業教育訓練促進法」改正の国会審議を加速し、同年3月に改正案が国会で可決した。現場実習生の権利が侵害されないよう、受け入れる業者側や学校の責務を強化する内容だ。本作は韓国の若者を取り巻く実態として驚くところが多いが、日本にとっても他人事ではない。問題を告発する映画が世論を動かし、法改正を後押ししたのは韓国社会の健全さを表している。マイノリティーに光を当て、問題の存在を社会に知らしめる。ジャーナリズムとしての映画の力を見せつけてくれる作品だ。

文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)


<作品データ>

『あしたの少女』
監督・脚本:チョン・ジュリ『私の少女』
出演:ペ・ドゥナ、キム・シウン、チョン・フェリン、カン・ヒョンオ、パク・ウヨン、チョン・スハ、シム・ヒソプ、チェ・ヒジン
原題:다음 소희
英題:NEXT SOHEE
2022/韓国/5.1ch/138分/DCP
配給:ライツキューブ
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公式HP:https://ashitanoshojo.com/
8月25日(金)より、シネマート新宿ほか全国公開

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