紀伊国屋という名称で開業した林源十郎商店は1715年には大坂屋に改称する。林源十郎商店と改称したのは1892年(株式会社化は1950年)。幕末から明治にかけて倉敷の林家の代々当主は貧しい人々を救済しながら倉敷の街を育てる原動力となっていたが、11代当主の林源十郎は、キリスト教会の支援などにも尽くしたという。
大原美術館の創設者であり倉敷紡績の創業家一族でもある大原孫三郎のほか、岡山孤児院の創設者として知られ「児童福祉の父」と称される石井十次らとの親交も深め、地域への社会貢献・福祉の精神に根ざした倉敷の街づくりを実践してきたという...