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【林源十郎商店】倉敷に花開いた医薬の精神|産業遺産のM&A

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林源十郎商店の本館2階にある林源十郎商店記念室。健康・福祉の発展に貢献した偉業を顕彰する

業界大再編の荒波

ここで、メディパルHDのM&A史を少し振り返っておこう。創業は明治期の1898年にさかのぼるが、株式会社としては1923年5月に設立された三星堂という会社がスタートである。

1947年に設立された東京医薬品と1949年に設立されたクラヤ薬品、そして三星堂の医薬品卸3社が2000年4月に合併した。これをきっかけに、メディパルHDは規模の拡大と技術進歩を遂げ、業界再編を引っ張ってきた。グループ傘下には秋田の千秋薬品、水戸の潮田三国堂、京都の井筒薬品、岐阜の平成薬品、高松のよんやく、高知の中澤氏家薬業、福岡のアトルなどの地場医薬品大手の多くが完全子会社として名を連ね、国内に300超の拠点を持つ医薬品卸の巨大持ち株会社となった。

メディパルHDが林源十郎商店をルーツとするエバルスを完全子会社として傘下に収めたのは2004年4月のこと。当時はメディセオグループと称していたが、持ち株会社としてのメディセオHDに改称したのは同年10月のことだった。

持ち株会社となって以降もメディセオHDは東京の中川誠光堂、千葉のチヤクなどのМ&Aを進めた。大阪のPALTACとの経営統合を果たしたのは2005年10月。その際は商号をメディセオ・パルタックHDに変更した。その後、北海道の丸善薬品、東京のコバショウを完全子会社化したほか、佐世保の東七の株式を一部取得。2009年10月に医療用医薬品卸売事業を分割してメディパルHDに改称した。

レトロな建造物から新しい倉敷のデザインが生まれる(林源十郎商店外観)

林源十郎商店といういかにもレトロ&ドメスティックな社名の地場の老舗薬種がM&Aの大波・荒波に飛び込んでいったことになる。

ちなみに、メディパルHDのM&Aをエバルス側から見ておきたい。2004年4月にエバルスは株式交換でクラヤ三星堂の完全子会社となり、クラヤ三星堂から広島・岡山両県の営業権を譲り受けた。そして、2006年10月にはPALTACに薬粧部門を譲渡した。また、エバルスにはエバルスアグロテックという動物用医薬品卸の100%出資子会社があったが、この会社は北海道の丸善薬品に吸収合併されて消滅した。

医薬業界の大再編の渦に揉まれるような歴史をたどってきた林源十郎商店。ただ、どのように揉まれたとしても、約360年生き続けてきたその創業精神は今日、倉敷生活デザインマーケットとして新たな装い身にまとったかのようでもある。

文:M&A Online編集部

 

M&A Online編集部

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