このような議論が11世紀のイベリア半島において、キリスト教社会の主催で開催されたこと自体大きな驚きといえる。もちろん主催者はこの討論によりユダヤ教徒がイエスによる救済に目覚めて、「自発的」にキリスト教に改宗することを期待したはずだ。
しかし、バルセロナ討論は望むような形で終わらなかった。だからといってこの論争をきっかけに後世で起きるような悲惨なユダヤ教徒への大迫害は起きなかった。両者の間には「ギリギリの共存」が辛うじて継続した。なぜか...
今回のコラムは、「経営者の監視ができる仕組み」に関する現行のコーポレートガバナンス制度の有効性を前提としつつ、経営者の不正がなくならない原因について考えを述べてみたい。